【真】

2/12
前へ
/38ページ
次へ
〜港区高輪〜 AM 6:00前。 地下鉄のエレベーターで、地上に出た新月結女。 座主の久我山宗守は未だ行方不明で、警官殺しの指名手配犯のままである。 (ふぅ〜。一体どうなってるのやら…うっ!) 表へ踏み出した途端に、冷たい街風に身が縮む。 ほとんど寝てない眠気が一気に覚めた。 気を取り直し、高野山東京別院に隣立する宗務庁ビルへと、急ぎ足で向かう。 丁度一月前。 宗守から直接受けた極秘扱いの宗務。 予想外の状況とはいえ、期日が今夜であるため、代理の榊原久遠が来る前に済ませる必要がある。 (あら?) ビルの前に着くと、工事業者達が片付けを終え、丁度帰るところであった。 「ご苦労様でした。今回は長かったですね」 「あ、おはようございます。設備の更新があったもので、長いことご迷惑をお掛けしました」 工事業者の主任である深田が、慌てた様子でヘルメットを脱ぎ、挨拶をする。 「確か…亡くなられたご住職の秘書をされていた方ですよね? 本当になんて物騒な世の中。今頃ですみませんが、お悔やみ申し上げます」 急いでいても、そうこられると無碍(むげ)にはできず。 「はい、新月と申します。今は代わりの住職、榊原の秘書をしております。…お騒がせして、申し訳ございません。失礼ですが、同じ宗派の方でしょうか?」 当然ながら、宗守の件も知れている。 「ええ💦…と言っても、この現場に通う内に興味を持ち始めただけで、まだまだ宗派なんて言えるほどではございません」 必然的に新月の姿はしばしば見かけられ、その美しい容姿と、工事関係者への差し入れなどの気配りから、好意を寄せる者も多い。 深田もその一人であり、まさか最終日に、こうして話しができるとは、思ってもいなかった幸運。 「かまいませんよ、深田さん。始まりはそんな小さなきっかけなのです。もしも気が向いたら、これにあるQRコードから、私共のホームページを覗いてみてください。色々なイベントもありますので」 スーツの内ポケットから名刺を渡す。 ありがたそうに、それを両手で受け取る深田。 苗字を呼ばれて驚いたが、名札だと理解した。 そんなやりとりの中、背後の業務用ワゴン車から、クラクションが鳴った。 「深田さん、もう行きますよ! 監督は自分の車で帰るだろうし、皆んなくたびれてんだ。高嶺の花は、遠くから見ているくらいが丁度いいんですよ」 「ば、バカやろう💦 そんなんじゃない!」 冷やかしに焦る様は、図星丸出しであった。 すかさずフォローする新月。 「深田さん、私はここにいますから、いつでもお立ち寄りください。皆さんお疲れでしょう。私も用事がありますので…」 こんな朝早くの出勤。 それなりの理由があってのこと。 今更気付く自分を恥ずかしいと思った。 「ですよね💦 時間取らせてしまってすみません。ありがとうございました」 何も、礼を言われる筋合いはない。 その思いは笑顔で誤魔化す。 「あのぅ…現場監督の川浪さんはまだ中に?」 「えっ?…あぁ、作業員の数が1人足りなくて…と言っても、定員はいましたので、センサーの誤検出ですよ。念の為にって、降りて行きました」 「そうですか…」 「大丈夫ですって、では失礼します」 深く頭を下げて、笑っているワゴン車へ走る。 見送る理由も、余裕もない新月。 急いで宗務庁ビルへとに入った。 が、ふと… 普段は立入り禁止の業務用エレベーターへの扉。それが開いていることが、気になった。 (川浪さん…) 急に湧き起こる、嫌な胸騒ぎ。 そうして無意識に、エレベーターのある方へ。 ふらふらと、歩いて行った…
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加