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〜港区高輪〜
AM 6:00前。
地下鉄のエレベーターで、地上に出た新月結女。
座主の久我山宗守は未だ行方不明で、警官殺しの指名手配犯のままである。
(ふぅ〜。一体どうなってるのやら…うっ!)
表へ踏み出した途端に、冷たい街風に身が縮む。
ほとんど寝てない眠気が一気に覚めた。
気を取り直し、高野山東京別院に隣立する宗務庁ビルへと、急ぎ足で向かう。
丁度一月前。
宗守から直接受けた極秘扱いの宗務。
予想外の状況とはいえ、期日が今夜であるため、代理の榊原久遠が来る前に済ませる必要がある。
(あら?)
ビルの前に着くと、工事業者達が片付けを終え、丁度帰るところであった。
「ご苦労様でした。今回は長かったですね」
「あ、おはようございます。設備の更新があったもので、長いことご迷惑をお掛けしました」
工事業者の主任である深田が、慌てた様子でヘルメットを脱ぎ、挨拶をする。
「確か…亡くなられたご住職の秘書をされていた方ですよね? 本当になんて物騒な世の中。今頃ですみませんが、お悔やみ申し上げます」
急いでいても、そうこられると無碍にはできず。
「はい、新月と申します。今は代わりの住職、榊原の秘書をしております。色々と…お騒がせして、申し訳ございません。失礼ですが、同じ宗派の方でしょうか?」
当然ながら、宗守の件も知れている。
「ええ💦…と言っても、この現場に通う内に興味を持ち始めただけで、まだまだ宗派なんて言えるほどではございません」
必然的に新月の姿はしばしば見かけられ、その美しい容姿と、工事関係者への差し入れなどの気配りから、好意を寄せる者も多い。
深田もその一人であり、まさか最終日に、こうして話しができるとは、思ってもいなかった幸運。
「かまいませんよ、深田さん。始まりはそんな小さなきっかけなのです。もしも気が向いたら、これにあるQRコードから、私共のホームページを覗いてみてください。色々なイベントもありますので」
スーツの内ポケットから名刺を渡す。
ありがたそうに、それを両手で受け取る深田。
苗字を呼ばれて驚いたが、名札だと理解した。
そんなやりとりの中、背後の業務用ワゴン車から、クラクションが鳴った。
「深田さん、もう行きますよ! 監督は自分の車で帰るだろうし、皆んなくたびれてんだ。高嶺の花は、遠くから見ているくらいが丁度いいんですよ」
「ば、バカやろう💦 そんなんじゃない!」
冷やかしに焦る様は、図星丸出しであった。
すかさずフォローする新月。
「深田さん、私はここにいますから、いつでもお立ち寄りください。皆さんお疲れでしょう。私も用事がありますので…」
こんな朝早くの出勤。
それなりの理由があってのこと。
今更気付く自分を恥ずかしいと思った。
「ですよね💦 時間取らせてしまってすみません。ありがとうございました」
何も、礼を言われる筋合いはない。
その思いは笑顔で誤魔化す。
「あのぅ…現場監督の川浪さんはまだ中に?」
「えっ?…あぁ、作業員の数が1人足りなくて…と言っても、定員はいましたので、センサーの誤検出ですよ。念の為にって、降りて行きました」
「そうですか…」
「大丈夫ですって、では失礼します」
深く頭を下げて、笑っているワゴン車へ走る。
見送る理由も、余裕もない新月。
急いで宗務庁ビルへとに入った。
が、ふと…
普段は立入り禁止の業務用エレベーターへの扉。それが開いていることが、気になった。
(川浪さん…)
急に湧き起こる、嫌な胸騒ぎ。
そうして無意識に、エレベーターのある方へ。
ふらふらと、歩いて行った…
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