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血だ。
猛烈な腹痛でトイレに駆け込むと、信じられないくらい大量の血液が私の体の中心から抜け落ちた。
赤ちゃんは無事なのか。
真っ先に脳裏によぎったのは、私のお腹にいるはずの小さな胎児のことだった。無事でいてほしい。生きていて欲しい。ただそれだけを願った。今月に入って心拍を確認し、職場に妊娠を報告したばかりだった。
トイレから出ると、私は上司のデスクに向かう。全身の血液が抜けてしまったような虚脱感。赤ちゃんの無事を確かめたくて、心の底から叫んでいるような逼迫感。
「大量の出血があって、すぐに病院に行きたいのですが」
それだけを上司に告げる。上司は慌てて席を立って、早く行ってと私を急かす。今日は黒いスカートで良かった。血の汚れが目立たない。アドレナリンが脳から過剰に分泌されているのか、体の痛みはなくなった。
心だけが窮地に追いやられるように、恐ろしく息苦しかった。自宅の最寄り駅にあるかかりつけの産婦人科まで小一時間。電車の中で「妊娠九週、出血、赤ちゃん、無事」とネットで検索を繰り返し、自分の気持ちを少しでも励まそうとする。
約二割の妊婦が出血を経験する。
出血が続いても無事出産できるケースは多い。
どこか知らない産婦人科のサイトがそう解説していて、きっと私も大丈夫ではと期待を持とうとする。
早期流産。
見たくもないのに、目に入ってくるその文字が攻撃をしてくるようだった。早期流産の出血は鮮血だそうだ。自分から流れていた鮮烈な赤い血液が頭の中でフラッシュバックする。不安で泣きそうになる気持ちと、赤ちゃんは無事だと信じたい気持ちが胸の中で水と油のように波打っている。
病院に着いてから診察までは早かった。急な出血があったことを伝えると、比較的混んでいたように見えた待合室の中で優先的に呼ばれたようだった。
内診台に上がり、お腹より下はピンク色のカーテンで仕切られ、機械で大股を広げられて医者を待つ。エコー挿れますね、と医者の声がして緊張する。
エコー画面が目の前に広がる。前回は心拍を確認し、これが胎嚢ですよと小さな袋がお腹の中にあった。今はそれがない。素人目にしても、子宮の中は空っぽだった。
「あー…」
医者の声が、処置室の天井にうつろに響いた。
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