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「いつかきっと、ゆるふわピンク髪のリリィという平民上がりの男爵令嬢にわたくしの周囲の人々が心を奪われますわ」
それが公爵令嬢アンリエッタの口癖だった。
どうせ、でも、やっぱりと続いて言われるのは、現在その存在を認知されていないピンク髪の少女リリィ。
平民上がりの男爵令嬢とやらに何故ここまで令嬢の鑑とまで言われる公爵令嬢が脅かされているのか。
訊ねても「ざまぁ怖いですわ」と震えるばかりで、これは王妃としての資質はなしとして、王家と公爵家とのやり取りの結果、水面下で進められていた婚約話はなくなった。
居るかどうかも訳のわからぬ少女一人に怯える令嬢に国を支える責務が務まるだろうか。
ただ、王太子との婚約の話はアンリエッタにはしていなかったため婚約の話がなくなったこともアンリエッタには伏せられていた。
ないものを話す必要はない。
それが公爵の考えだった。
そして、娘がそこまで心配するのならばとピンク髪の平民でリリィという娘を密かに探していた。
リリィの捜索は難航していたが、アンリエッタが学園に入学する時期になった頃に「ざまぁされてしまいますわ!」と、一時期落ち着いていたざまぁ恐怖症を発症したのだ。
リリィは学園に入学するものか在学生にいると考えた公爵が丁寧に探すとリリィは少し離れた伯爵領で頭脳と魔法の才能ありとし、その才能を買い、とある男爵が少女に支援する形で養女にしたことも。
アンリエッタが言っていた、ピンク髪の平民上がりの男爵令嬢は存在したのである。
何故アンリエッタが数年前からそんなことを知っていたかは分からず、公爵はアンリエッタの言動と合わせて持て余していたが、実際に学園に入学しても高位貴族と下位貴族・平民とは建物自体が違うから問題はないだろうと、またもリリィの存在を知りながらそれを伏せてアンリエッタを学園へと通わせた。
しかし、アンリエッタのざまぁへの恐怖は公爵が思った以上だった。
建物が違っていても通い詰め、聞き込みをし、リリィの存在を知ったのである。
リリィも自分のことを聞き回る公爵令嬢がいると知り恐怖した。
見ず知らずの高位貴族が何故かピンポイントで自分のことを調べているのである。
何故か、という心当たりもないか同級生に聞かれても首を振るだけである。
厄介そうな高位貴族に目を付けられたリリィに近付く下位貴族・平民は少なくなっていき、リリィの学園生活は友人も出来にくく困ったものになった。
アンリエッタは、リリィ本人に会うことなく結果的に嫌がらせをしてしまった。
そんなアンリエッタの行動を聞き苦言を呈したのは王太子である。
「アンリエッタ嬢、君はサラフィラ男爵令嬢の周囲に執拗に付き纏い彼女のことを聞いているらしいが、それは何故だい?」
ヒロインが攻略対象者を攻略し始めたと思ったアンリエッタは王太子に最上の礼を取りながら答えた。
「申し訳ありません、王太子殿下。王太子殿下のお手を煩わせるなど失礼致しました。ですが、これはわたくしにとっての一大事。不敬かとは存じますが、どうか理由はお訊ねしないでくださいませ。サラフィラ男爵令嬢達には不安を煽るような言動をしたこと、後程謝罪のお手紙を送らせていただきますわ」
「………わかってくれればいい。君は公爵令嬢だ。下の者の手本になるよう気をつけてくれ」
本当に理解してくれたかは定かではないが、現状これ以上強く言えることもない。
王太子は引き下がり次いで問題の片側、被害者ともいうべきリリィに話を聞きに行った。
一方の言い分のみを鵜呑みにしないことは、王太子の美徳ではあった。
卒業パーティーにて。
アンリエッタは王太子がリリィをエスコートしているのを見て愕然とした。
ヒロインは王太子ルート。
ならば、わたくしはこのパーティーで断罪されてしまうのね。ざまぁされてしまうのね。
黄昏れるアンリエッタは王太子とリリィが踊る間、壁の花となった。
いつ、やらかしてもいない罪で断罪が起きるのか。戦々恐々としながら時が過ぎるのを震えて待っていた。
しかし、待てども断罪劇は起きなかった。
痺れを切らしたアンリエッタは王太子殿下とリリィに近付き、見事なカーテシーを披露し挨拶した。
「アンリエッタ嬢、卒業おめでとう」
「殿下もご卒業おめでとうございます。とても素敵なダンスでしたわ、殿下。あなたも…確か男爵家の方と存じましたが………」
「アンリエッタ嬢、あれだけ付き纏い、あなたは彼女を知っている筈だ。それに彼女は既に男爵家の人間ではない。彼女は王太子である私の婚約者になるために侯爵家の養女になった」
そうなのである。
アンリエッタの相談を受けるうちに二人は恋仲になり、リリィの優秀さに国王の了承も得て婚約が調われた。
アンリエッタは、ヒロインは男爵令嬢という固定観念に囚われていたため、リリィが侯爵家の養女に入っていたことに驚いた。
自身が信じていること以外はすっぽ抜ける頭をしていたのである。
あれ程リリィに固執しつつも自らの存在は隠していたアンリエッタが、卒業パーティーで初めてリリィに自分の姿を見せたので王太子が警戒するも、アンリエッタは「やはり王太子ルート…しかもヒロインも転生者の可能性…」とぶつぶつ呟きリリィの言葉が聞こえないようだった。
これにはリリィも無視をされたと思い、少しムッとしたが、相手は公爵令嬢。自分が王太子の婚約者になれたもののお互いに名乗りあっていないため知り合いというわけではなく話をすることも出来ない。
これではお話も出来ませんわ、とリリィが王太子に目配りすると二人の仲に入り紹介を始めてくれた。
「アンリエッタ嬢、こちらは先程も紹介をしたが私の婚約者になったホーデル家のリリィだ。
リリィ、こちらはハーバル公爵令家のアンリエッタ嬢だ」
「初めまして、リリィ様」
「初めまして、アンリエッタ様」
事実、リリィはアンリエッタを知らなかった。
アンリエッタがざまぁはこわいとリリィ本人を徹底的に避けてきたことと、アンリエッタがリリィに異常な関心を持っていたことを杞憂した王太子がリリィを守った結果である。
「リリィ様と婚約されたということは、わたくしと殿下の婚約は破棄されるのですね…」
これには周囲で聞き耳を立てていた者達も本人達も驚いた。
「アンリエッタ嬢、そもそも君と僕とは婚約していない」
「えっ!?」
「えっ!?」
初めはアンリエッタの、次は王太子の疑問である。
何故アンリエッタが王太子と婚約していたなどという勘違いをしていたのか。
「わたくし悪役令嬢なのに王太子殿下と婚約していませんの?」
「悪役令嬢…?幼少期にそのような話も出たが、君の妄言があまりに酷く、たち消えた話だ」
「妄言だなんてそんな!実際にピンク髪の平民上がりの男爵令嬢リリィは存在したではありませんか!」
淑女の仮面も殴り捨ててリリィを指差し叫ぶ固定概念で凝り固まったアンリエッタ。
王太子はそれに眉を寄せた。
「祝いの場故に多少の無礼は許すが、それ以上リリィのことを侮辱することはやめてもらいたい」
アンリエッタのこれまでの言動に、王太子は内心静かに怒っていたのだ。
「そもそも平民も男爵位もこの国を支え住まうとても大切な宝だ。軽々しく平民上がりやら男爵位を蔑ろにする君は国母としてふさわしくはない。婚約者になっていたとしても白紙撤回されていたであろう」
王太子が諭すとアンリエッタは床に座り込み「ざまぁ………ではなく自業自得での断罪…」と項垂れた。
リリィが気遣わしげにアンリエッタを見守っているとアンリエッタは先程までの悲壮感は一切なくなり、立ち上がると清々しい顔でリリィに頭を下げた。
「リリィ様。わたくしの思い込みで数々のご迷惑をお掛けし申し訳ありませんでしたわ。後日、家からきちんとお詫びさせていただきます」
公爵令嬢が頭を下げ謝っただけではなく、正式に家を通して謝罪をするということで場は騒然とした。
「アンリエッタ様、頭を上げてください。私は何も気にしてはいませんから」
「リリィ様…ありがとうございます」
今までの自身の言動を振り返り、あまりの恥ずかしさに少し涙ぐみながら再度頭を下げる。
それしかアンリエッタには出来なかった。
よくは分からないがこれも青春の1ページとしてその場に居た者達はアンリエッタとリリィのやり取りを微笑ましく見守った。
やがて場が静まり、再び曲が流れダンスをする者達でホールが賑わった。
リリィは飲み物を取りに行くと言い王太子から離れると、変わらず壁の花となっているアンリエッタに近づいた。
アンリエッタは先程のこともあり、小さくリリィに微笑んだ。
リリィはそんなアンリエッタに微笑み返し、アンリエッタの耳元に近付き告げた。
「ざまぁ回避とか無駄な労力お疲れ様でした。王太子は私が幸せにしますので、ご心配なく」
アンリエッタは顔面蒼白になると、やはりざまぁじゃありませんの~!と叫び、妄言が治っていないということで公爵領で静養するということになった。
王太子とリリィは結婚し、治世は穏やかなものになり、アンリエッタは静養中に出会った誠実な青年に心惹かれ、数年後には式を挙げ、ざまぁはこわいものですわ言いながら過ぎた過去を忘れるかのように幸せになった。
結局のところ、自分を幸せに出来るのは物語のキャラクターでもなんでもなくて、自分自身だと思い至り、愛する夫に見守られ死の間際にアンリエッタは目を閉じた。
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