14人が本棚に入れています
本棚に追加
ある昼下がり、優雅なティータイムには似つかわしくない場面が繰り広げられていた。
いつものことといえばいつものことだが、今日も今日とて学園の片隅で公爵令嬢アイリーンは男爵令嬢サーリエに憤慨していた。
「許しませんことよ!このわたくしとフォン様にあのような言動!絶対にギャフンと言わせて見せますわー!」
「公爵令嬢がギャフンとか言わない!…でも、サーリエ嬢の言動に目が余るのも事実かな…」
「そうでしょう、そうでしょう!そのうちこのわたくしが、サーリエ様をギャフンと言わせて今までの言動を謝らせて見せますわー!」
「人から誤解を受けないようにね。ただでさえアイリーン嬢は暴走しがちなんだから」
アイリーンを宥めるのはこの国の第二王子フォン。
二人は幼馴染みであり、アイリーンはフォンの兄であり第一王子のルッカスの婚約者であった。
しかし、ルッカスが学園に入学したことを機に羽目を外すようになり、ついには希少な光魔法を使えることから教会に聖女と認められている男爵令嬢のサーリエに侍って側近達と共に愛を乞う始末。
ルッカスと側近とサーリエ以外は眉を顰める有り様であり、婚約者として正式に抗議できるアイリーン達婚約者側がサーリエに苦言を呈しても「アイリーン様達に虐められて恐い」などとルッカスに泣きつき、ルッカスがアイリーンに激怒する悪循環に陥っていた。
「サーリエ様のルッカス様達を調子に乗らせて手玉にとる手腕はたいしたものですが、それに甘やかされ堕ちるルッカス様もルッカス様ですわ!」
プンスカ怒るアイリーンに、フォンは甘いものを勧め側にいたメイドに新たに紅茶を用意させる。
適温で美味しく淹れられた紅茶と甘いクッキーで一息ついたからかアイリーンも段々と落ち着いてきた。
「いっそ、サーリエ嬢の家を潰すかい?」
「まぁ、なんて物騒な………それも一理ありますわね。不良債権は製造元に責任を取っていただかなくては。」
フォンが軽やかに提案するとアイリーンも悪い顔になり扇子で口元を隠す。
「ですが、家を取り壊した程度でサーリエ様がギャフン!と仰ってくださるかどうか。余計にルッカス様達に媚びへつらう理由になりそうですわ」
「まあ、やったのが僕達だとすぐにバレるだろうし火に油だろうねぇ」
のんびりとしたティータイムに合わない不穏な会話だが、それだけ第一王子ルッカスと、男爵令嬢サーリエに頭を悩ませていた。
アイリーンは内心、元から親しくなれなかったルッカスを見捨ててなんとか婚約を白紙撤回したいとすら思っていた。
元より側妃の子である第一王子ルッカスの基盤を頑丈にしたく側妃からのゴリ押しで成り立った婚約である。
正妃の子であり優秀なフォンに王座を譲りたくなかった側妃の一存さえなければといつも思っていた。
しかし皮肉なことに親しくなり、婚約者であるルッカスへの鬱憤を晴らすのはいつも第二王子フォン相手であった。
フォンは、そんな幼馴染みである公爵令嬢アイリーンに、にこやかに微笑みああでもないこうでもないと議論を討論していた。
そんな何気ない日々も本日で終わり。
結局何も良い案もなく変わらぬ日々を送り卒業することになってしまった。
ちなみにアイリーンの元にはルッカスからのエスコートの打診すら無かった。アイリーンも申し出なかった。
ドレスや装飾品を贈ってもらったことも一度すらない。
今まで一度も無かったので慣れたものだが、最後くらいは改心するかと思ったが怒る公爵を宥めエスコートしてもらい卒業パーティー会場へと入場した。
パーティーが始まる前から親しい令嬢を見付けると父と別れ思い出話に花を咲かせた。
しばらくすると、サーリエ達の声が聞こえ、パーティーの参加者である卒業生達は少しでも距離を置こうと入場口から離れた。
やがて入場口で規制していた生徒を押し退けサーリエ達がホールにやって来た。
そして、サーリエ達が入場口で引き留められていた理由が判明した。
サーリエ率いるルッカス達が、場にそぐわないようなきらびやかな衣装で登場したのだ。
元より遠巻きだった人波が、余計に離れていく。
「アイリーン様!ひどいですわ!私達をパーティー会場に入れないように命令するなんて…!」
「わたくしにそのような権限はありませんが…そもそも、卒業パーティーは制服での参加が義務付けられておりますわ。なぜそのようなお召し物で参りましたの?」
「ひどいです!またそうやって差別して…!男爵家だからってドレスを着ちゃいけないんですか!?それにこれはルッカス様達が用意したくださった大切な品なんです!!どんなに虐められようと、汚させはしません!」
「いえ、ですから卒業パーティーでは制服での参加が義務付けられていると申しているではありませんか。そのような格好をなさっているのはルッカス様達のみですわよ」
そうである。
この学園は優秀な平民も通うため、平民に対して様々な便宜を図ってきているが、最たるものは卒業パーティーでの生徒一丸での制服参加であろう。
ドレスを用意できない平民への配慮と、最後まで生徒は平等にという初代学園長の思想が今も受け継がれている。
涙を流す振りをするサーリエとルッカス達を白い目で見ていることに気付かぬのは本人達ばかり。
アイリーンもいつもサーリエに憤慨していたが、最後の最後でもう心底関わり合いたくなってきた。
しかし、そんなアイリーンへのルッカス達の罵りが始まる。
曰く、初対面から可愛げのない女だったやら立場を笠にきてサーリエを虐めているやら自分を立てないことへの不満など、口汚く言う様は王子であるとは思えない。
アイリーンが、これはいい加減素振りを続けてきた鉄扇の出番ですわ!と手に握りしめた扇を振ろうかとしたとき、フォンがルッカスを止める。
「兄上。アイリーン嬢へのこれ以上の侮辱、いくら兄上でもやめていただきたい」
「フォン!お前は昔からこの女に甘かったが、そんなことをするからこの女が増長するんだ!」
「アイリーン様が面と向かって兄上に怒れないので僕が怒っているんです」
いいえ。今まさに怒りのあまり鉄扇でぶん殴ろうとしていましたが。
アイリーンは思ったが黙っておいたし鉄扇は下げておいた。
「フォン様。もしかして、今まで一緒に怒ってたのはわたくしのためだったりするのですか?」
「そうですが、それがなにか?」
しれっと言うフォンにアイリーンが少し顔を赤らめる。
今までフォンがアイリーンに甘くて優しいのは周知の事実だったが、本人から改めて言われると気恥ずかしさがある。
「フォン、人の婚約者に少し馴れ馴れしのではないか。アイリーン!これは不貞と捉えられても仕方がないことになるぞ!改めるんだな!」
どの口が言うんだとサーリエ達以外は思った。
「兄上、それなら兄上とサーリエ嬢との距離も近すぎるのでは?」
「私は次期王太子として聖女であり下位貴族であるサーリエ嬢から様々な意見を聞いていただけだ」
聞いているのがサーリエのみなら随分と片寄った意見ではある。
ずっと明言せずに侍っていたあまりの理由に周囲からざわめきが起きた。
「兄上、王太子はまだ決まっておりません。称するのは時期尚早かと」
「何を言う、フォン。この私ではなく他の誰が王太子になるというのだ」
「私です」
フォンが言いきった。
フォンを見下していたルッカスは鼻で笑ったが、フォンは本気であったし、なによりこんな男が兄でありアイリーンの婚約者であることに我慢できなくなっていた。
「アイリーン様のためならなんでも出来る。そう思えたから、私は頑張れるんです」
事実、フォンはアイリーンのために求められる以上のことに応え、国王陛下の信を得た。
フォンのみしか国王陛下から告げられていないためまだ公言出来ないが、国王陛下はこの学園生活でのルッカスに見切りをつけ、フォンを王太子とし、本人が了承すればアイリーンをそのまま王太子妃として据えると約束してくれていた。
フォンの言葉に感動したアイリーンは、今までフォンに甘えていたことを恥じた。
これはご恩返しの時。ルッカス様とサーリエ様をボコボコにするのはわたくししかいませんわ!と溜めていた鬱憤を二人にぶつけた。
「ルッカス様。わたくし、あなた様からプレゼントなぞついぞ戴いたことは無かったのですが、婚約者へのプレゼントの名目で宝石やドレスを贈ったと王宮の記録にあります。
こちら婚約者以外の者への貢物は横領罪となりますので法務局へと行かれますようにと、再三出頭のお手紙が届いていらっしゃるかと思いますが、行かれましたか?」
「横領罪!?王子が好いた相手に贈り物を贈って罪になるわけないだろう!」
「はい。ルッカス様個人の資産から出されたものであれば罪には問われませんが、こちらは国民の税から出ている王子妃への資金です。ですので後程法務局へ行かれますよう、お願い致しますね」
ルッカスは唸った。
確かにアイリーンへの贈り物等をするよう定められた資金に手を出したことは最初は少ない良心が咎めた。
しかしサーリエが求める金品が多すぎて、自身の資産では賄えなかったのだ。
それに、どうせサーリエが自分と結婚し王子妃となる。相手が代わるだけだから問題はないだろうと軽い気持ちでどんどん手を出していった。
それがこんな大事になっていたとは。
「それから、サーリエ様」
「な、なによ…」
「サーリエ様は、聖女の力を使う報酬だと言い貴族や民達から金銭を授受してきましたね」
「それがなによ!」
「教会の規律に反しておりますので、法皇様に罪の是非を問うておきました」
なにやら旗色が悪くなってきたことに気付き始めてきたサーリエ達だが、既に引くに引けない状態である。
「なによ!悪役令嬢の分際で正論を言ってこないでよ!!」
「まぁ、わたくしの言葉が正論だと今まで分かっていらしたの?それなのにルッカス様達に泣きつきお立場を悪くなされて…本当に酷いのはどちらでしょうか?」
「待て!立場を悪くとはどう言うことだ!」
「そのままの意味ですよ、兄上」
サーリエ達はホールの真ん中に陣取っているものの、心は崖っぷちだ。
「そうですわ!サーリエ様!今こそギャフンと言うときですわよ!」
「まだそんなこと言うの!?」
フォンが笑うとアイリーンが何故笑いますのー!と突っ込む。
「さぁ!さぁ!!さぁ!!!ギャフンと仰ってくださいまし!それだけで今までわたくしにしてきたことだけは水に流させていただきますわ!!」
「………ギャフン!!!!」
サーリエはやけくそだった。
自暴自棄なギャフンが聞こえると、周囲の生徒達からも笑いが起こった。
アイリーンは満足気で、フォンは大笑いだった。
「終わり良ければすべて良し!ですわね!」
「ちょっと違うかもしれないけど、そうだねぇ。それに、結局アイリーン嬢に活躍の場を奪われてしまった」
「あら?フォン様も充分素敵でしたわよ?」
アイリーンとフォンは二人でサーリエにギャフンと言わせられたことを祝杯しにホールを出て中庭で二人で語らっていた。
そしてフォンが跪き、アイリーンの手を取り懇願した。
「こんな流れで言い出すのもムードがないのですが…アイリーン嬢。私と結婚してください。国王陛下の許可は得ていますし、公爵は説得中です。あとはあなたのお心を私に預けてくださると嬉しいのですが…」
アイリーンは思い至った。だからやたらお父様の執務室に突撃をしていたのね。そして追い返されていたのね。
アイリーンは考えたが、困ったとき、悩んだとき、寂しいとき、楽しいとき、嬉しいとき、いつだって一緒に居てくれたのはフォンだった。多分、それが答えだろう。
「はい!喜んでー!」
居酒屋なる大人の社交場の店員のテンションだったが仕方がない。
ここまでの急な展開でテンションがおかしくなってしまっていた。
フォンは笑いながら「幸せにします」と言えば、アイリーンは「二人で幸せになりましょう、が正解ですわ!」と居丈高に返した。
二人はこの関係が丁度いいんだろう、と二人のムードを壊してはならないと庭から出るに出られなくなった生徒の一人は思った。
そして、アイリーンの大きな声で中庭に出歯亀しにきた数名の生徒も青春に頷いた。
この二人なら平和な治世になりそうだな、とその日パーティー会場に居た大多数は思った。
その通り、二人が婚姻しフォンが国王となり世を統べると、小さい争いがないこともないが、二人で心を砕いて熱心にこの地をより良いものへとしていった。
最初のコメントを投稿しよう!