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ヒロインであるエリーゼがドルマン男爵家に迎えられたのは13歳の時。
孤児院で下の子の面倒を見ていたところをドルマン男爵にその可憐さを認められ、どこかの貴族へ嫁入りさせる政治の駒として引き取られた。
ドルマン男爵は高位貴族への不敬を逃れるため教育はきちんと教師を雇い勉強させたが最低限の世話しかせず、またドルマン男爵夫人は美しいエリーゼに嫉妬し使用人同然の扱いをし、義理の兄になる男性はエリーゼを性的に見ており、エリーゼがドルマン男爵家で心休まる日はなかった。
孤児院に帰りたいと泣く日々もあった。
しかし、エリーゼはそんな境遇に負けるものかと貴族の子女令息が通う学園へ通うと勉強熱心なこともあり、また美しく分け隔てなく他者に接するエリーゼに人気が集まった。
それは、この国の未来の中心人物も例外ではなく―――。
エリーゼはやがて彼等の一人と恋に落ち、数々の困難をはね除け隠された花道を通り抜けた花畑で結ばれ、その花道も花畑も攻略対象の瞳の色で彩られており、今後の二人の恋を予感させる。
そして二人は幸せになりましたとさ。
おしまい。
というのが、私が覚えている『エリーゼのための花道』だ。
私が生まれ変わったのはヒロインであるエリーゼ。
孤児院の悪ガキを追いかけ回してたら転んで頭をぶつけて思い出すとかいう定番な前世の思い出し方をした。
この作品には相手役の男性に婚約者がいなくて最近流行りの婚約破棄やらざまぁとは無縁な世界なはず!
穏便に乙女ゲーの世界に浸れるはず!!やったね!ひゃっほい!!
今はまだ孤児院にいるけど、13歳になる1年後には男爵令嬢。
環境は良くないだろうけど、それも学園に入るまでのこと!!
学園に入ったら誰かと恋に落ちて素敵な恋愛をするんだ!!
待っててね!未来のダーリン!!
なんて思う日もありました。
男爵家での辛い日々を乗り越え…のはずがなぜかかなり優遇され、義母は虐めてこないし義兄は隣国へ行かされていて顔も見ていない。
この時点で原作と違うとない頭を捻っていればよかったのに、私の頭は薔薇色でそれどころじゃなかった。
いざ輝かしいラブロマンス学園生活へ!と思ったのに、結局仲の良い令嬢同士でご飯を食べる日々。なんでやねん。いや、良い子達なんだけど。仲良しなんだけど。
攻略対象との掴みからのしばらくは順調に好感度上げられているな~と実感していたのに、いきなり避けられるようになってしまう。
最初は推しだった大司教の孫のみ狙ってたんだけど、2回目のデートで顔を見るなり大声出されて逃げられてからは一切話しかけることも出来ない。
仕方ない、巻きで他のキャラに挑戦しようとしてみるも、ほぼ1、2回目のデートからは音信不通。
なにが間違っていたんだろう?
というか、そんな奇声を発して逃げ出すようなこと、私した?こちとら可憐な美少女やぞ。ヒロインやぞ。
「おかしい」
こういうとき、なにかあると孤児院からの幼馴染みであるエルウィンに愚痴を言ってしまう。
「なんでかしら?私の何がいけないのかしら?」
すべてゲームと同じ言動をしてきたはずだけど、最初は好意的だったのにいつの間にか全員から遠巻きにされている。
これは攻略失敗ということ?途中まで順調だったのに、バグかゲームと現実は違うってこと?
「人生って世知辛いものね、エルウィン」
「意味が分からないよ、エリーゼ」
エルウィンは唐突に孤児院にやって来て、異性関係が上手くいかない~!!なんて愚痴を言う私にも優しい。
昔と変わらないエルウィンに安心する。
出されたお茶も、男爵家で飲むものより学園の食堂で飲むものより美味しく感じる。
「エルウィンってお茶淹れるの上手いわよね。一家に一エルウィン欲しい」
「そんなこと言っても今日はおやつの時間終わっているから甘いものも出せないよ」
「えー!じゃあ作ってよ!」
なんて我儘もエルウィンには気軽に言える。
そして、しょうがないなぁなんて言いながらなんでも叶えてくれるんだ。
まじで一家に一エルウィン欲しい。
でもそれより、攻略対象を攻略出来ないということは女友達としかキャッキャウフフ出来ないノーマルエンドしかない。
なんかもうそれでもいっかな~。
みんないい子だし好きだし、一生の友達がいる人生もいい。
もう攻略は諦めよう。
学園に帰ったら友達と思いっきり遊ぼう。
攻略対象を攻略出来なかったんだからそれくらいの発散は許される!私が許す!!
期末テストとか!知らない!!
「私だって恋くらいしたいのに」
エルウィンが淹れてくれたお茶を飲んで一息つく。
まともに話せている男の子がエルウィンだけだなんて悲しすぎる。
乙女ゲー転生もまったく意味がなかった。
これが現実ってやつか…。
「大丈夫だよ、エリーゼ」
嘆く私にエルウィンが微笑む。
「エリーゼのための花道は、僕が作るから」
―――このセリフ、なんとなく聞いたことある。
そこで思い出した。
エルウィンも隠しキャラとして、エリーゼと同じ孤児院出身だが、実は他国から亡命してきてその身を隠すために孤児院に身を寄せていた王子であることを。
そして、ヤンデレキャラで孤児院時代の選択肢で学園が始まる前からエルウィンルートのみになり、エルウィン以外を選べないということに。
そして、エルウィンの言うエリーゼのための花道がエルウィンの祖国への凱旋と結婚して国母になるための道であることを。
なんだよエルウィン全部エルウィンのせいだったんじゃん!!!
しかもこれで少しは納得した。
「エルウィン、もしかして私の仲が良かった男の子達になにかした?」
孤児院時代を思い出す。
あの頃も同い年とはあまり遊んだ記憶がない。
いつも側にいたのはエルウィンだ。
エルウィンルートに入るセリフは………言っちゃってたーーー!!
他の攻略対象を攻略出来ないの自業自得だったーーー!!
もしかしなくともエルウィンルートにはいってるなこれ。
私が苦悶にしている間にもエルウィンは律儀に答えてくれる。
「エリーゼに似合う人物じゃないと思ったから、少し話し合っただけだよ。僕の方がエリーゼのこと、すきだってね」
照れた顔でいうがこいつはヤンデレ。
いくらエルウィンでもヤンデレはダメ。
思い返せばヤンデレ要素はたくさんあった。でもエルウィンはこんなものと思ってスルーしてた。
わたし、ヤンデレはノーセンキューなんだよね。
だからエルウィンルートは1回しかプレイせずに印象も薄くて忘れてた。
「あのね、エルウィン。似合う似合わないは私が決めることだと思うの。エルウィンの気持ちは嬉しいけれど、私ももう子供じゃないんだし大丈夫よ」
出来うる限りヤンデレの病み部分を刺激しないように丁重にお断りしよう。
そして私は仲良しの女友達達と遊びながら他の攻略対象じゃない男の子とのお付き合いを狙おう。
もう乙女ゲーとか攻略対象とかいってる場合じゃない。
エルウィンのヤンデレハピエンルート(絶対ハピエンじゃない)になるくらいなら欲を出さずに平穏に生きるわ!勝って生き残るわ!!
「うん、そうだね。僕もエリーゼに似合うように頑張ってきたんだ。少しは認めてくれるかな?」
照れた顔で頬をかくエルウィン。
「話が!通じてないわー!!エルウィン!?あなたいつも優しいエルウィンでしょ!?お願い元に戻って!!」
ガクガク揺さぶってもエルウィンには効きはしない。
「やだなぁ。いつもエリーゼには優しい僕のつもりだけど…エリーゼのためにしてきたことを疑われるのは悲しいな」
いや悲しいとかじゃなくて有罪確定だからね?ヤンデレ罪だからね?散々攻略対象相手にやらかしてるんでしょ?!こっちは攻略本読んで知ってるのよ!!
「エリーゼ。実は僕は亡命してきた王子なんだ」
うん。知ってる。
「それでも国内の内情も落ち着いて帰れるようになった。もしよければエリーゼも一緒についてきてほしいんだ。僕と結婚して欲しい」
わー。これラストスチルだー。
思い返せば私達がお茶していたのは孤児院近くの花畑だわ。
エルウィンの瞳の色の花が咲くアーチを潜って来るのよね。
周りの花々もエルウィンの瞳の色で、そんな中で立つエルウィンはとても様になっているわ。
フラグ、めちゃくちゃ立ててたわね。
まっっったく気づかなかったけど。
「エルウィン」
「なんだい、エリーゼ」
「せめて、私の前だけではデレだけでお願いします」
「やだなぁ、エリーゼの前ではいつも優しいじゃないか」
もういい。もう諦めた。私には甘くて優しいいつものエルウィンなら、裏でどんなことをしててもいいや。
攻略本情報も忘れよう。
「エルウィン、適度に幸せにしてね」
「絶対に幸せにするよ、僕のエリーゼ」
その『絶対に幸せにする』ためにやらかすエルウィンの諸々を放棄するのも、愛するのも、覚悟を決めるのは私しかいないなら、せめてエルウィンを愛そうと決めた。
だって、なんだかんだ言ってもヤンデレでもやらかしても、エルウィンはエルウィンなんだもん。
「エルウィンが私のための花道を作ってくれるなら、私はそれを枯らさないよう努力するね」
それが、せめてものエルウィンに対しての愛の返し方だと思うから。
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