メイドが魔法使いだったので婚約破棄も上手く乗り切れました

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婚約者のアルフレッドが婚約破棄を申し込もうとしていると噂で聞いた時は、馬鹿だとは思っていたけれどここまでの馬鹿とは思わなかったとイルリアは目を瞑った。 婚約したのはお互いが6歳の時。 お互いの両親の利権が絡んだ政略結婚だった。 それでもイルリアはアルフレッドと仲良くしようと手紙やプレゼントを贈ったが、アルフレッドから返されたことはなかった。しかし、イルリアは婚約者の義務として淡々と続けていった。 そもそも顔合わせの第一声が「こんなそばかすだらけのブスと結婚するのかよ!」となんともな暴言を包み隠さず言われたのである。 自身の容姿が良くないとは理解していたイルリアは言われた内容に納得しつつも己の感情を隠せないことで貴族としてのアルフレッドの素質に疑問を持っていた。 自宅に帰り、側付きのメイドのアンにそのことを愚痴ったらアンはイルリアが思った以上に憤慨し、以降は本来はいけないことだがアルフレッドの悪口に毎回付き合ってくれている。 そして、アンは「ついにこの時が来ましたね」と何故か自信を持ってイルリアに向き「婚約破棄のことならお任せください!」となにやら本を持ち出してきた。 まだ婚約したばかりであるのにもう破棄することをメイドのアンは言った。 その本には幼い文字で以前のことから始まり最近の事、これからのことまで記載されたその本はアンの予言書だと言う。 「お任せください、イルリア様。私の大切なイルリア様を悲しませることは致しません。どうか、どうか騙されたと思ってこの本に書かれている日時に完璧なアリバイをお作りください。絶対にアルフレッド様の企てを阻止してみせます」 あまりにアンが熱心に懇願するので、イルリアは神妙に頷き、託された本のすべてに目を通し内容を覚えた。 するとどうだろう。 本に書かれていたことがすべて現実として起こっていくのである。 「アンは魔法使いなのかしら?」 「いいえ、お嬢様。少しだけ未来がわかってしまった普通のメイドです」 アンが笑う。 それから数年して、アルフレッドとイルリアの家の共同事業が成功した。 近頃では予言書の通りアルフレッドがイルリアとの婚約破棄を企てているらしい、しかも相手がいて、アルフレッドと恋仲になっているサラサという男爵令嬢は向上心が強い。 射止めた相手の仲で一番爵位が高かったのがアルフレッドなだけで、そこにアルフレッドが夢見る真実の愛とやらはないだろう。 そして、その日がやって来た。 アルフレッドは愚かなことに学園の卒業パーティーでイルリアに婚約破棄を申し渡すと言い出していたのだ。 「アルフレッド様って、なんであそこまでアレなのかしら?」 「何もお考えではないのでは?」 卒業パーティーに向けてアンがイルリアの手入れをしドレスを着せる。 そこにはかつてそばかすだらけだった少女ではなく、どこに出しても恥ずかしくない立派なレディがいた。 「やっぱりアンは魔法使いだわ」 「お嬢様の元がいいのですよ。そばかすだって子供の頃の話ではありませんか」 アンは笑うが、イルリアはアンが居てくれるだけで勇気と心強さを貰えていたし、本当に魔法使いのように思っていた。 「わたくしにアンが居てくれて良かったわ」 「私も、イルリア様のメイドで良かったです」 そう言ってイルリアの大好きなアンの笑顔で言われるのだから、これからの卒業パーティーにも挑めると思えた。 「それでは、行ってくるわね」 「はい、お嬢様。どうかご武運を」 まるで戦に行くようだわ、とイルリアは小さく笑ってしまった。 事実、アルフレッドが婚約破棄を申し渡すと聞いているのだから戦のようなものだが、イルリアはアンの予言書がある。 内容はすべて覚えている。 アンは同席していなくても、それだけでイルリアはこれからの大舞台にも挑めた。 「イルリア!君との婚約は破棄させてもらう!」 パーティーが始まり卒業生が談笑しだした途端にこれである。 アルフレッドはまったく空気の読めない男であるとイルリアはため息をついた。 「そして、このサラサと真実の愛を貫き、婚約する!」 「アルフレッド様!」 アルフレッドとサラサがお互いを抱き締め合う。 側にいた人達は遠巻きになり、自然とアルフレッドとサラサを中心とした舞台のようになっていた。 まるで自身の演技に酔っている三流役者だが、呼ばれたからには出向かわねばならない。 「お呼びでしょうか、アルフレッド様」 イルリアがアルフレッドの元に辿り着くと、アルフレッドは驚いた。 実は、アルフレッドとイルリアが対面したのは婚約を成立させた顔合わせの日以来である。 思い出のそばかすだらけの少女はすっかり美しい女性になっていた。 意表を突かれアルフレッドはまごついたが、腕の中のサラサから声援を貰い内心イルリアの方が美しいなという思いを消すように、イルリアの罪とやらをつらつら叫び糾弾したが、予言書に書かれていたように予行練習をしていたイルリアは自身のアリバイを時には同級生に証言して貰い冷静に証明していった。 とうとう弁が尽きたのかアルフレッドが癇癪を起こした。 子供の頃と変わらぬ、貴族としての仮面を被れぬ男だなとイルリアは思った。 「イルリア!まるで俺とサラサが貴様に冤罪を掛けているかの言い方じゃないか!そんな失礼な女だから魅力もないんだ!少しは男を立てるということを覚えたらどうなんだ!」 ここでアルフレッドを立てたらイルリアは冤罪になってしまうではないか。 イルリアと事情を察した同級生は嘆息した。 「イルリアはサラサに嫉妬して嫌がらせをした!そのことに間違いはない!だから婚約を破棄してサラサと婚約をする!」 改めてアルフレッドが宣言するが、場は白けきっている。 イルリアは予言書とアンの言葉を元に、選んで自身の言葉で場を収めようとする。 「そもそも、浮気相手に嫉妬するなんて婚約者を好いていないと出来ませんわ。わたくし、アルフレッド様のことを好きだったことなんて一度もありませんもの。まったく無駄な徒労をするほどこちらも暇ではありませんわ」 「なっ!お前が俺のことを好きじゃないなんてありえないだろう!あんなに手紙やプレゼントを寄越してきたではないか!」 「すべて義務ですわ。アルフレッド様からはその義務すら一切ありませんでしたが…。それに、ご心配要りません。わたくしとアルフレッド様の婚約は既に両家の事業が成功した三年前に解消されています。その証拠に三年前からこちらからもまったく出していません。」 そうである。こちらもアンの入れ知恵であるが、これまでのアルフレッドの言動を父に訴え解消して貰っていた。 「そっ…なっ…!」 「第一、わたくしにはもう新しい婚約者がおりますので、あまりおかしいことを言われては困りますわ」 「なんだと!俺が居ながらいつの間に婚約なんてしたんだ!」 「アルフレッド様!?」 格下に見ていた、いつの間にか美しくなった女が自分の物ではなくなっていただけではなく、既に新しい婚約までしていたことにアルフレッドは混乱し、アルフレッドの機微を察したサラサはすがり付いていた腕を余計に強めた。 「わたくしの婚約に関して、他人であるアルフレッド様には関係ないことですわ。ただ、とても大切にしていただいていることだけは申し上げておきます」 イルリアは自身の最上の笑顔で告げると、場を騒がせたことを謝罪し、もうアルフレッドにもサラサにも用はないとばかりに友人達の元へ戻っていった。 しばらく騒がれていたが、アルフレッドの話題をするくらいなら級友と生徒としての最後のパーティーを楽しもうと会場に活気も戻っていった。 馬車で帰宅後、イルリアは抑えていた興奮がぶり返したかのようにアンに抱き付き報告した。 「アン!言ってやったわよ!見せてあげたかったわ。あのアルフレッド様のお顔!」 イルリアが少し意地悪く言うと、アンも少し悪い顔で「それはようございました。悪縁がばっさり切れて、アンも安心しました。これからは新しい婚約者様との生活に向けて全力でお仕えさせていただきます」 二人で笑う。 「頼りにしているわよ。わたくしの魔法使いさん」 …………… アンは前世持ちです。
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