結婚するために魔王討伐に出たはずが婚約解消されました。ですが、とても幸せです。

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婚約者のユリアス様がよそよそしくなったのは稀有な光魔法を使えるということで特別枠として貴族が通う学園に入学した少女アリサ様と接触をした時からだと思います。 元からこの国の第二王子としてユリアス様が世界を救うために異世界から召喚されたアリサ様の面倒を見ることが決まっていたかというとそうではなく、同性が良かろうと王宮でも評判のメイドや家庭教師や召喚した術士がアリサ様の手助けと苦労がないよう心を砕いていたと聞いております。 しかし、王宮内で一目見たユリアス様をアリサ様が大層気に入りユリアス様が側にいてくれなくては魔王を倒すという召喚の役目を果たさないと言い出したのです。 ユリアス様はこれでもかとわたくしに謝罪し、王族でありながら騎士のようにアリサ様の側に仕えていました。 嫉妬していないかと聞かれたら嘘になります。 そこはわたくしの居場所だと声高に叫びたい気持ちを押さえ付けてたまに取れるユリアス様の休息の時間に逢瀬をすることが唯一の慰めとなっておりました。 短い逢瀬の間に囁かれる「エルザ、君だけを愛している」との言葉にわたくしはユリアス様を信じておりました。 しかし、アリサ様はそれすら気に入らないのでしょう。 第二王子妃としての教育のために登城する度、ユリアス様との仲を見せ付けるかのようにわたくしの目の前で仲良さげにしていらっしゃる。 アリサ様がわたくしの姿を認めると、主観かもしれないですが意地の悪い顔になりユリアス様に垂れかかった時の衝撃は忘れられません。 ユリアス様は毅然とアリサ様から身を離し距離を置きましたが、アリサ様の意図を確かめてしまったわたくしはその場でお二人に声を掛けることも立ち去ることも出来ず、探しに来たメイドが声を掛けるまで立ち尽くしてしまっていました。 王都内でも救国の乙女のアリサ様とその想い人のユリアス様を婚姻させたらどうかという噂が出てきました。 ユリアス様の婚約者はわたくしなのに。 わたくしが居るからお二人が婚約出来ないとまで話が出回っており、まるで物語に出てくる、愛し合う二人を引き裂く悪役の令嬢のように人々に語られている。 本当の婚約者はわたくしなのに、何故そこまで言われなくてはいけないのでしょう。 わたくしの婚約については父に委ねておりますが、今更ユリアス様以外との婚約なんて考えられない。 ユリアス様をアリサ様に奪われ、お二人が結ばれたらわたくしは生きてはいけないでしょう。 ユリアス様への恋心と醜い嫉妬に苦しんだけれども、アリサ様は魔王を倒せる力を持つ聖女。 わたくしの我儘でご気分を害してまた魔王を倒すことを止めると言われたら、悪役令嬢の噂だけではなく本物の悪役になってしまう。 なにせ、この世の危機を救う女性の方がわたくしとユリアス様の婚約より尊き大切なことなぞ誰でもわかること。 アリサ様は魔王を討伐しようとはせず、ひたすらユリアス様を筆頭に見目良い異性を侍らしているという話もあるというのに。 いつ国王陛下や父から婚約が解消されたと告げられるか怯えながら日々を過ごし、すっかり疲弊してしまいました。 そして、学園を卒業したわたくしは疲れが一回りしてアリサ様が魔王を倒さないのでしたらわたくしが倒してユリアス様との婚姻を進めればいいのでは?という無謀な結論に至ってしまいました。 今思えば、なにしろあの頃はアリサ様とユリアス様との仲、贈られなくなってきた手紙やプレゼント、市井の噂、進まない婚姻、煮え切らない父と国王陛下の態度などすべて疲れて頭がおかしくなっていたのだと思います。 それに、魔王を倒せるのは唯一アリサ様だけではない筈です。 魔王を倒すための力が強い聖女というだけで、この世界の人間でも強ければ倒せる筈なのです。 そう、力こそすべてなのです。 そう思い至ったわたくしは早々にギルドに赴き、優秀なメンバーを揃え魔王退治の旅に出ることに致しました。 父には押して押して押し通して許可をいただきました。 メンバーはリーダーであり剣士でもあるタロウ様。 少し軽薄なところがありますが、やるときにはきちんと仕事をこなしてくださる頼れるお方です。 タロウ様はアリサ様同様異世界から召喚されたものの突出した才能がないと僅かばかりの金銭と共に王宮を追い出された過去があるそうですが、タロウ様は大器晩成型らしく王宮を追い出されて見知らぬ世界で右往左往していた際にお世話になった冒険者の方に着いていくうちに才能が花開いたそうですの。 次は冷静でありながらも可愛いものに目がなく、そのギャップがとても愛らしい自称天才魔法使いのパーニャ様。 派手な大魔法を好んで使い、たまに味方も巻き込みそうな時がありますが、そこは自称ながらも天才魔法使いなだけあってギリギリ味方に傷一つつけません。 ですが、大魔法だけではなく敵の弱点を即座に判断し、的確な魔法で敵を仕留めてくださいます。 最後に知的そうなメガネと裏腹に真面目すぎてボケているのか疑問ながらも退魔とアリサ様と同じく光魔法に秀でた聖者ルート様。 退魔や癒しの魔法を自在に操り、後方から皆様を支え、時には腰に備えてある短剣で戦うことも出来る優秀な方です。 わたくしも、末席ながら戦いのメンバーとして参加させていただくことになりました。 貴族の通う学園で習うバフやデバフといった初級魔法が中心でしたが、パーニャ様やルート様に教えを乞い、なんとか冒険者の一員らしくなったのはアリサ様が召喚されてから一年が経った頃でございます。 その間もアリサ様は王宮から動かず、自身のお気に入りと過ごされているとか。 この方々が、わたくしがギルドで勧誘した対魔王討伐のメンバーです。 何も知らぬ令嬢の、荒唐無稽な魔王を退治したいという依頼を笑わず前向きに検討し引き受けてくださった方々です。 それだけで信用に足る方々だとわたくしは思います。 魔王を倒せばユリアス様との婚姻は進み、アリサ様の護衛もお役ごめんとなり甘い結婚生活に進むはずですわ。 待っていてくださいませ、ユリアス様。 あなたのために魔王を倒しわたくし達の結婚を成就させてみせましょう。 さて、それから更に三年が経過して、生死の大冒険から大きなギルドでの仕事を終わらせたあとのパーティーメンバーでの宴会などたくさんの思い出が出来ました。 みなさんとても優しくて、何度も挫けそうになるわたくしには心強いものでした。 ルート様には何度も旅の中で救われ、ユリアス様へのことでもお手紙を書く際にも立ち寄る街でこのような便箋はどうだろうか、こういった話題はユリアス様のお心に響くだろうと相談に乗ってくださいました。 ですが、大体がルート様との思い出なのでユリアス様に誤解のないよう書くことが大変でしたわ。 ………少しずつ、ユリアス様からのお返事が無くなっていったことは、手紙の配達が困難なのだと自身を納得させました。 タロウ様は珍しい品が手に入ればそれを加工しアクセサリーとして贈る提案をしてくださり、パーニャ様も女性同士として色々なご相談に乗ってくださいました。 わたくしは、この方々とパーティーメンバーを組ませていただけて本当に幸せだと思います。 そして、結果としては魔王は倒さず和解の道へと至りました。 魔王もまた異世界からの召喚者で、闇属性が強大なうえに辿り着いた先が魔族の居住区で、その強さから気付いたら魔族に祭り上げられており魔王になっていたとのことでした。 ………我が国ながら、気軽に異世界から召喚し過ぎではありませんこと? それまでのその方の人生をなんだと思っているのでしょう。 憤慨するわたくしを余所にタロウ様と魔王は意気投合し、盟約を結び王国に報告することとなりました。 魔王を倒してはいないものの功績は讃えられ、タロウ様とパーニャ様とルート様とわたくしと何故か魔王を乗せたパレードが往路を凱旋しました。 数年振りの王都です。 これでようやくユリアス様と結婚できますわ。 一抹の不安を拭い去るように必死に笑顔で皆様に手を振りました。 そして、華々しく舞踏会が開かれました。 タロウ様は魔王と飲み比べをし、パーニャ様は王宮での食事に舌鼓をうち、一番話しやすいと思われたのかルート様は恐縮しつつも隅の方で人々に囲まれ旅の話を訊ねられておりました。 アリサ様は「主人公の私を差し置いて!」と大層なお怒りでしたが、お役目を果たさなかったのはそちらです。 そして、そんなアリサ様に寄り添うユリアス様を見て、すとんとわたくしの中で腑に落ちてしまいました。 これはそう、そういうことなのですね。 お二人が視界に入るのが辛くバルコニーに出ると、ルート様が追ってきてくださいました。 正直、今は一人にしていただきたいのですが、一人にはなりなくないという相反する思いで立ちきれないわたくしにルート様が優しくベンチへ誘導し座らせてくださいました。 そうです。ルート様はこういう細やかな気遣いをなさる優しいお方なのです。 ルート様を見詰めると「これが最後なので」と前置きをされました。 最後。そう、最後。 あんなに濃厚な旅をしたのにもう終わり。 終わりが呆気なかったこともあり、終わった自覚がないのですが、魔王と盟約を結び平和が確約された今、わたくし達のパーティーは依頼達成、解散ということですわ。 寂しさと虚無感が一気に襲ってきたわたくしの手を取り跪きルート様が仰いました。 「エルザ様。これが最後の機会だと思うので申し上げさせてください。私はエルザ様のことを愛しています」 あまりのことに寂しさも虚無感もユリアス様とアリサ様へのやるせなさも吹き飛びました。 「ルート様、わたくしのことを愛していらっしゃるのですか?」 「はい…。エルザ様にはユリアス様という立派な婚約者がいらっしゃるということも、ユリアス様のことをとても愛していらっしゃることも存じています。ですから、私の想いなどお忘れください。ギルドでの依頼は果たしました。これからはユリアス様と王都でお幸せに暮らしてください。これは私が貴方に伝えたかったからお伝えしたこと。貴方の心に響かないとは分かっていても、この想いを告げずにはいられなかったのです」 どうしましょう。 わたくしにはユリアス様がいるのに、いえ、ユリアス様はきっとアリサ様と恋仲になっていらっしゃる。 それになにより、ルート様のお言葉がとても嬉しい。 それに、王都での暮らし? あの冒険の日々はもう過ごせない、あの方々との日々はもう戻らないのですね…。 何故か、それは嫌だと思ってしまうのです。 わたくしは、まだルート様達と旅をしたいと、世界を見てみたいと思ってしまうのです。 ルート様からの告白を聞き、どこかぼんやりとしたまま舞踏会はお開きとなり、わたくしは久々の自宅へと帰宅致しました。 数日後、父から申し渡されました。 ユリアスとの破談を。 そして、ユリアス様とアリサ様との婚姻を。 2年前には既に決まっていたことのようです。 つまり、旅の最中ユリアス様を想ってしてきた手紙やプレゼントはすべて邪魔だったのですね。 ならば教えてくださればよかったのに。 魔王討伐へのモチベーションを下げたくなかったとは、本来魔王を倒す筈のアリサ様がすることをわたくしが代わりにしたことに何の疑問も労りもないのですね。 ショックの筈ですのに、涙を流す筈ですのに、わたくしには何も感じません。 ただ、ルート様にこのことを告げなくてはいけないと思いました。 気が付けばギルドの前に足が向いておりました。 「ごきげんよう」 あの時と同じように場違いな挨拶でギルドに入っても誰もからかったり馬鹿になぞしません。 わたくしも末端ながら長年苦難していた魔王討伐のパーティーメンバーとして参加していたと、この場にいる誰もが知っていたのです。 ルート様を探そうとギルド内をキョロキョロと見渡すと、タロウ様とパーニャ様が声を掛けてくださいました。 「お二人とも!まだこちらにいらしてくださったんですね!」 「まだまだ魔王と国王陛下達とやらなきゃいけないことも多くてな。それに、もしももあるし」 「そうねぇ、もしももあるし?」 タロウ様には笑顔で、パーニャ様にはウィンクされて言われましたが、その『もしも』は、私が期待している『もしも』で合っているのでしょうか? いえ、それよりも先にやるべきことがありますわ。 「あの、ルート様がどちらにいらっしゃるか、ご存じではないでしょうか?」 「ルートならあっちで慣れないお酒飲んでるから、叱咤激励して来い。なんならプロポーズでもなんでもいいぞ」 明快に笑うタロウ様に赤くなりながらもお礼を伝え、指差された席へと向かいます。 その人は確かに苦手だと言っておられたお酒を昼間から飲み、テーブルの上に上体を俯せになっていらっしゃいました。 「ルート様」 「………とうとうエルザ様の幻聴が聞こえるようになってきた」 「幻聴ではございませんわ。エルザはこちらにおります」 その一言でルート様は勢いよく体を上げわたくしを認めると「なんでエルザ様がこちらに…」と呟きました。 「わたくし、ルート様のことが好きみたいですの。婚約を解消されたばかりでふしだらかと思われるかもしれませんが、わたくしと婚約してくださらないでしょうか?そして、出来ればまたこちらは依頼ではないのですが、パーティーメンバーとしてタロウ様とパーニャ様とルート様とまた組ませていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」 「えっ!?………えっ!?よ、喜んで!!?」 「俺ももちろんエルザならパーティーメンバーを組んでいい。これからもよろしく頼むぜ」 「私も。これで焦れったい二人がくっついたことだし、心置きなく派手な魔法を放てるわ!」 いつの間にかお二人も揃ってわたくし達の側に来ておりました。 パーニャ様はいつでも派手な魔法を使っている気がしますが、いつの間にか傾いていたわたくしの気持ちとルート様のお気持ちが知られていてとても恥ずかしいです。 しかもギルド内で騒いでしまったので、ギルドに居た方々からも祝福されました。 そこからはまた渋る父を押して押して押し通してルート様との婚姻を認めさせ、タロウ様達とのパーティーメンバーとして世界を旅することを認めさせ、王都を去ることになりました。 なんでも、東国で白と黒のふわふわの生き物の赤ちゃんが誕生したとかで、パーニャ様が一目見たいと仰ったのです。 道中魔族の住む地区に戻るため魔王も同行しておりました。 とても騒がしく賑やかで、以前のユリアス様との時間よりも楽しくて、思わず繋いだルート様の手を強く握ってしまったら、握り返されました。 お互いが顔を見合わせて笑い合える。 それだけでもこんなに幸せなのに、他にもとても大切な方々が出来たこと、そしてその方々と見たことも経験したこともないことをこれから出来る。 その期待に胸を膨らませながら一歩ずつ歩いていきました。
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