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「聖女ナツメ様!貴方を偽の聖女としてここにその罪を告発致しますわ!」
昼食時、召喚されてから通うようになった学園の食堂で公爵令嬢メリッサ様にそう言われても私にはどうしようもなかった。
訳の分からないまま異世界召喚とか流行りに乗ってやらかされて、聖女と勝手に祭り上げられて、聖女は王子と婚姻するのが慣例と当時メリッサ様と婚約なされていたのにいきなりこの世界のことも貴族の作法も分からない私が王子の婚約者となってしまった。
メリッサ様のお怒りは相当なものだったらしい。
それはそうだ。
長年王妃となるべくその身を捧げてきて自由なんてなかっただろうに、ぽっと出の平民と変わらない異世界人にその立場を奪われたのだから。
それに、偽の聖女と言われても心当たりがありすぎる。
だって、私にはなんの力もなかった。
今までの聖女にあったらしい癒しの力も浄化の力もなんにもない。
特別美しいわけでもない、ないない尽くしのこんな女に長年想い続けてきた王子を奪われたメリッサ様のお怒りはごもっとも。
なにも言い返すことはない。
でもね、勝手に召喚して、勝手に祭り上げられて、勝手に婚約させられて、勝手に力がないとガッカリされて、それで断罪と言われても私だって腹立たしい。
「私にはなんの力もないのは事実ですが、勝手に召喚して期待したのはそちらです。偽の聖女として罪を告発されるなんて謂われはまったくありません」
プンスカ怒っても許されるよね。
だって、私は何にも悪くない。
まぁ、メリッサ様も悪くはないけど。
全部、勝手にやった上のせい。
この世界に呼び出された時に魔力はある筈と言われていた。
でも何も出来ないのだ。
王子やその側近達にも見切りをつけられつつあると近頃感じていた。
そしてこの断罪である。
ちなみに王子達はメリッサ様側に立っている。
無能な聖女と長年王子の婚約者として信頼を築いていたメリッサ様。
とても対等に対峙出来る状態ではない。
完全にアウェイである。
そして今現在最初の罪の告発とやらから長々と私がいかに聖女として無能か、無能な聖女に国庫から聖女としての国費が出されるのが無駄か等々延々と語っている。
喉が乾かないのか?と思ったら紅茶を飲んだ。
あれだけ喋れば喉も乾くよね~。
そして私の言い分はまったく聞いてもらえない。
あまりにイライラし過ぎて魔力が無意識に高まってきている。
これはまずい。
「メリッサ様。私が偽の聖女と言うならば聖女の座を降りますし、王子との婚約も解消してメリッサ様にお返しいたします。元からいらないものでしたし」
「なんと無礼な!これだから平民もどきの異世界人風情が!」
メリッサ様が貴族の仮面を捨てて感情丸出しで憎悪の顔を向けてくる。
ああ、これは本当にまずい。
そう思ったが最後、気がつけば頭から角が、背中からは黒い翼が生えていた。
「悪魔だ!」
食堂に居た人々が口々に私を指して言う。
そうね。自分で言うのもなんだけど、覚醒して全部分かっちゃった。
私は聖女じゃなくて魔王になった。
メリッサ様の偽聖女発言は大正解だった。
「メリッサ様。私、本当に聖女じゃないどころか魔王だったみたいです」
「なんですって!?」
愕然とするメリッサ様。
私の言葉に混乱を極める場。
さて、どうするべきか。
「メリッサ様、どうしましょう?」
「どうしましょう?ではありませんわ!すぐに勇者を召喚しなければ…!」
「聖女召喚した筈が魔王召喚しちゃってたのに本当に勇者を召喚できるんですか?ていうか、この世界の人達は自分達でなんにもしないんですか?」
私の発言にメリッサ様と王子達が怯む。
「前々から思っていましたが、メリッサ様。転生者ですよね?」
私の言葉にメリッサ様が震える。
「な、なんのことやら」
「前世の知識で悪役令嬢が断罪されないように頑張ってたのに本当にヒロインが召喚されて焦っちゃったんですか?そのまま好感度上げてた筈なのにゲームの強制力で悪役令嬢が断罪されるのが怖くて先走って私を偽聖女として断罪しちゃったんですか?」
煽るの楽しい~!
「なんのことやら!」
「じゃなきゃ急に断罪なんてしませんものね?断罪劇は卒業パーティーでされるもの」
「なんで知って…あなたもゲームをプレイしていたのね!?」
「そうですよ。でも、メリッサ様知らなかったんですか?」
私の言葉にメリッサ様がいちいちびくびく震える。
とても楽しくて口の端が上がる。
さっきまでの強気な態度はどこへやら。
「あのゲーム、バッドエンドは主人公が聖女ではなく魔王になって世界を滅ぼしちゃうんですよ」
私の言葉にメリッサ様は叫ぶ。
「何それ!?そんなの知らないわ!!あのゲームにバッドエンドなんて存在するなんて…!」
「するんですよ。かなり特殊な条件下じゃなきゃ見れないストーリーなんですけどね」
魔王として覚醒した私と単なる公爵令嬢でしかないメリッサ様。
その差は歴然だった。
「どうします?魔王を復活させちゃったメリッサ様。全世界から恨まれますよ?大変ですね」
クスクス笑う私とは対照的にメリッサ様は青い顔になる。
今後のことを考えたのだろう。
「貴方は…魔王として何をなさるおつもりかしら?」
そうは聞かれても特に何にも考えていない。
勝手に召喚されて聖女と祭り上げられて婚約されて断罪される。
恨む理由はたくさんある。
周りを見るとみんな無能聖女時代は嘲笑っていたのに今では畏怖と敵愾心でいっぱいだ。
楽しい、楽しい!私の思考はもう人を甚振る魔族寄りの考えになってしまっているみたいだった。
「とりあえず、バッドエンドを迎えた後の世界を見てみますよ」
魔族が居る場所は授業で習って知っている。
そこに行ってみるのも良いかもしれない。
なんてったって魔王だし。
魔王落ちしたヒロインがどうするかは、これからのんびり決めようかと思う。
「では、メリッサ様。ごきげんよう。私は聖女としてはダメダメでしたが魔王としてならやれる気がするので魔王として頑張ってみますね!」
言いながら翼をはためかせ飛んでいく。
「頑張らないでくださいませーーー!!」
メリッサ様の叫び声を背に、私は魔王として魔族が住む場所とやらを目指した。
聖女としては活躍できなかったけれど、魔王として活躍するのもアリかもしれない!
決して私の人生を歪めたこの世界が憎いとか許せないとか、まぁそういうのもあるけれど、異世界でヒロインが魔王になって世界征服しちゃうのも良いかもって思っちゃったんだもん。
やれるだけやってみよう!
魔族が住む居住地まで飛びながら、えいえいおー!と拳を突き上げた。
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