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「聖女ユリ!君との婚約を破棄させてもらう!」
「はい!喜んでーーー!!!」
隣国との争いが一時中断し、束の間の休息を労う会が王城で行われていた最中、景気のいい声に婚約破棄を告げた王子が怯んだことに気付いたユリは肩を落とし悲しげな様子で「はい、喜んで…」と答えた。
本音は隠さないのか、というのはユリ以外の周囲の心の声だ。
「も、もう一度言うぞ!聖女ユリ!君との婚約を破棄させてもらう!」
あまりに喜びに満ち足りた声音と様子で格好良く決めたつもりの婚約破棄のセリフを肯定されたので王子も言い直した。
「さっきも申し上げましたが喜んで婚約破棄に同意致します」
ユリは言い直してきた王子には無表情で答えた。
何度も茶番をやらかすなというオーラすら出ている。
そもそも王子の手はユリ以外のご令嬢の腰を掴んで密着している。
立派な浮気現場で何を言っているのやらである。
「王子、私が王子と婚約破棄したいことは王家からの打診があり婚約が決まった時から決まっておりました。ですので、ささっと破棄してしまいましょう。なんと都合のいいことにここに婚約破棄に関する書類一式が。わたくしの名前はすべて記入してありますので、あとは王子のお名前を書くだけですわ」
手回しが良すぎる…!
そんなに王子との婚約が嫌なのか、王子になにか問題があるのかと周囲が騒がしくなるなか、王子はユリと愛人の女性から急かされ婚約破棄の手続きをしていた。
そして、急かされるあまり王子の有責により多額の違約金が支払われる一文等諸々と見逃していけない文を見逃してしまっていた。
「あら、こんなところに丁度良く教会の神父様もおりましたわ!ささっ、こちらの書類を受理してくださいませ」
もちろんユリが用意した神父だ。
聖女として教会とはパイプが根強い。
本来神父は招かれてはいなかったが、ユリの保護者ということで入城を許されていた。
「はい!これで王子との婚約破棄は成立しましたわ!今までお疲れ様でした!」
晴れ晴れとした面持ちで満面の笑顔でいるユリに、ここまでされるがまま、言われるがまま流されてきた王子はやっと自分を取り戻した。
手は変わらずユリ以外の女性の腰に回した。
もはや不貞ではなくなったのでユリも畳み掛ける。
「あら、王子。そちらの方はどなたでらっしゃるの?」
「そ、そうだ!聖女ユリ!貴様は聖女と言いながらこちらにいる…」
「まあ!もしかして王子の新しい婚約者かしら?丁度良くわたくし婚約成立の書類も準備しておりましたの。お二人でお書きになったらいかがかしら?」
先程の神父が今度は別の書類を用意し二人の前に差し出した。
嬉々として記入しだしたのは王子の想い人として横に立っていた女性だ。
そして、王子はまたも急かされるまま書類をよく読まず己の名前を記入してしまった。
「さあ!これで王子の婚約者も決まりおめでたいことですわね!皆様!お祝いいたしましょう!」
ユリがシャンパンを手にし掲げると、スピード婚約破棄とスピード婚約に唖然としていた周囲の来客も思わず倣って手に持っていたグラスを上に掲げ祝福を意味した。
「聖女ユリ、なんだかだいぶ流されてしまったが、私はそなたの罪を告発しようとしていたのだ!」
持ち直した王子がそそくさと帰ろうとしたユリを呼び止める。
ユリはもう淑女の仮面も被らずめんどくさそうにその場に留まった。
仮にも相手は王子である。
「罪、ですか?それはいったい…」
色々やらかしすぎて心当たりがありすぎるユリはどれがバレたか心の中で見当をつけるが、王子の言う罪はそのどれもと違っていた。
「そなたが偽の聖女であり、こちらのご令嬢が真の聖女なのだ!今まで周囲を偽り、このご令嬢の功績を掠め取っていたそうだな!そんな者、私の婚約者として相応しくはない!」
「もう婚約者ではありませんし、功績を掠め取った記憶はございませんが?こちらの会場内にいらっしゃる兵士の方々の中にはわたくしが戦場にいたことを記憶してくださってる方もいるのでは?」
周囲は頷いた。
聖女ユリは、聖女として数々の功績を成していたしその場にいた兵士達もユリに感謝する者ばかりだ。
「では、何故婚約破棄を急かした!?己の罪を認め、王妃として相応しくないと自覚したのだろう!」
先程ユリは最初から婚約したくなかったと言っていた気がするが、王子は何も覚えていないのだろうか?
「それは、ですが…」
ユリは伏し目がちに言葉を言い淀む。
「何を申しても怒りはしない。国王陛下に誓おう。申し上げてみよ」
「衆人環視の中、言質取ったぜ!やった!」
惜しむらくはこの小声のユリの言葉を聞ける範囲に人がいなかったことだろう。
「実は、わたくし、聖女だなんだと持ち上げられておりましたが聖女ではないのです」
「そうだろう!先程からそなたは偽の聖女であると申している!」
王子のどや顔が最高潮に達していた。
しかし、聖女ユリが実際に治癒魔法を使い負傷した兵士達を戦場の前線で治して回ったことやこの国に結界を張っていることは王子以外は知っている。
聖女ユリが聖女であると信じている。
一体ユリは何故、自らを聖女ではないというのか。
今まで起こした奇跡や功績はどういうことなのか。
伏し目がちにユリは呟く。
「聖『女』ではなく、男なのです」
ユリの言葉にその場が静まり返った。
この、見目麗しい令嬢の鑑とも言われてきたユリが、男。
「何を申している…確かに胸は……その…貧相だとは思っていたが…何故ドレスを着て令嬢の振りをしている!」
「我が家の慣習ですわ。大昔、聖女の家系故に悪魔に呪われ、その結果呪いを回避するには男子は成人するまでは聖『女』として過ごすことに、女子は『男』の振りをして過ごすことになってしまったのです」
ヨヨヨと、芝居がかった仕草でユリが実家の特に隠されてはいなかった秘密を暴露した。
秘密にしていなかったのは本当だ。
ただ、尋ねられたことがなかっただけだ。
「そういう訳ですので、王子が一目惚れしたとかアホみたいな理由で王命で婚約者にされたときは大変絶望しましたが、こちらが仕込んだ女性に見事引っ掛かってくださりありがとうございました。私は、私の役目をこれからも全うしながら己の幸せを掴みます」
「ま、まて!呪われていたというのなら何故今更そのようなことを言い出す!もっと機会はあっただろう!」
「実は…成人しないと女装を止められなかったのですわ。家族も周囲に言えず…。王子が私の誕生日に婚約破棄するよう手回ししておいて本当によかったです」
にこやかにユリは笑う。
「王子が私に興味がなかったおかげで、私の成人の誕生日に無事婚約を破棄できました。王子、ありがとうございました」
深々と頭を下げたユリは、軽い足取りで書類を正式に受理し保管するため神父と共に教会へ戻っていった。
それからはドレス姿ではなく、髪を切り普通の男子の姿になったユリが戦場で活躍することとなった。
その姿に、王子以上に人気が出てしまい婚約者選びに難儀したとかしないとか。
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