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侯爵令嬢であるベロニカは悩んでいた。
なにせ、ヒロインであるユリアを虐めて虐めて虐めぬいたあとで「あら?これ、前にも見たことがあるわ」と気付き、そのまま前世の記憶を思い出したのである。
このままではユリアと婚約者である王太子殿下達からの断罪イベントが明日の卒業パーティーに行われてしまう。
「なんで前日に思い出してしまうのよ!せめて学園に入学したとき…いえ、それよりももっと前に思い出していれば…」
王太子と婚姻するにあたり迎え入れた優秀な義弟アルバート。
ベロニカはそのアルバートすらも気に入らないという理由により虐めていた。
両親は咎めたものの、実子のベロニカの方がかわいいらしく、また子供の戯れの範囲と判断されそこまで怒られなかったことがベロニカを増長させていった。
その復讐の結果としてアルバートの手により侯爵家の不正すら暴かれ家は没落してしまうのだが。
まあ、その前にわたくしは国外追放されてしまうのですけど!とベロニカは自棄になった。
思春期に突如出来た弟相手にどうしたらいいか分からなかったんだもん!と後悔してももう遅い。
アルバートはユリアと親睦を深め、義姉であるベロニカには冷たい目をしている。
それが余計に気に入らなくて虐めていたのだ。
「ベロニカ!僕は君との婚約を破棄してこのユリアと結婚する!」
卒業パーティー当日、王太子殿下がユリアの腰を抱き、ベロニカにそう告げた。
王太子殿下とユリア達の後ろには宰相の息子や騎士団長の息子、アルバートも控えていた。
結局何も出来ないまま断罪イベント当日を迎えた。策は何もない。
だってすべて事実である。
宰相の息子が声高にベロニカがユリアにやってきたことを罪の告白として並べ立てて喋っていることも、そんなこともありましたわねぇ、と達観してきた。
(というか、そこまでの証拠を揃える前に止められなかったんですの?
なんでわたくしがやっていたと分かっていて放置してたんですの?
ユリア様がかわいそうではなくて?やったのわたくしですけど)
つらつらとベロニカが王太子殿下達って有能か無能かわかりませんわ、と考えていると罪状の告発が終わったのか王太子殿下がベロニカに問う。
「ここまでがお前の罪だが、何か言いたいことはあるか?」
「いいえ、何もございませんわ。婚約破棄、確かに承りました。父にもそのように伝えておきますわ」
最上のカーテシーをして王太子達に披露する。
ベロニカがあっさりと罪を認めたことに周囲は驚いてしまう。
今までのベロニカという令嬢は、そんな殊勝な性格をしていなかったからだ。
(この流れで国外追放される前に帰りましょう。もうさっさと帰ってふて寝しましょう。
お父様には怒られるかもしれないけど明日のわたくしに任せましょう。そうしましょう)
ベロニカが帰ろうとすると王太子殿下から呼び止められる。
「待て!まだユリアへの謝罪がまだだ!」
(もう勘弁して欲しいですわ…)
「確かに、わたくしがやったことは事実ですがユリア様にも非があると思いますの。
婚約者のいる男性に近付いてはなりませんと言うことが虐めになるのでしたら、この世の法はまかり通りませんわ。他にも、廊下を走ってはいけませんなど初歩的なマナーしか申上げておりませんわ」
嘘である。
実際には手も出したし扇で叩いたりもした。先程の罪状にある侯爵家がやるとは思えない幼稚なこともした。そこら辺りの罪は認めたと言ってはいないので正当性のあるものだけは認め、残りはしらばっくれることにした。
(早く逃げ帰りたいのにしつこい男性ですわね…)
やいのやいの言ってくる王太子殿下達に疲れて、さっさと切り上げようと「それでは、皆様ごきげんよう」と小走りで出入り口を目指した。
嫌なことは後回しにする。そんな怠惰さがベロニカという令嬢であった。
引き留めようと声を張る王太子殿下のセリフを聞かなかったことにし、参加者の波を華麗にすり抜け見事ゴールである出入り口の門に辿り着き、自家の馬車に入り込む。
「パーティーは終わったわ。早く家へ帰りましょう」
不審がる護衛達も黙らせて馬車を走らせる。
(ここまで来れば一安心ね。あとは明日のわたくしに任せましょう)
国外追放を言わせずに帰れたことに安心したベロニカはようやく安心し、そして馬車内に他にも人が居ることに初めて気が付いた。
「アルバート!あなた、何故こんなところにいるの!?」
アルバートは何故か一緒に帰ってきた。
ベロニカの疑問に返さず、アルバートは無言を通しており、同じ馬車の中、二人は無言でいた。
元よりベロニカがアルバートを虐める時以外に会話はなかったが、ベロニカはアルバートがユリアや断罪劇を放って自分と同じ馬車で帰ることが意外だったが、お目付け役かもしれないわね、と納得させた。
しかし無理矢理ながらも断罪イベントから一応自宅へ帰れることに安堵し、ベロニカは早く家に帰って温かい紅茶でも飲んでふて寝したいわ、と考えていた。
無言で進まれていた馬車の中で初めてアルバートがベロニカに声を掛けた。
「義姉さんは、これからどうされるんですか?」
アルバートに声を掛けられベロニカは驚いたが、自棄になったまま答える
「王太子殿下に婚約破棄されるなんて大失態を犯してしまったし、あとはお父様の指示に従うわ。それよりもアルバート。あなた、いつから馬車にいたの?」
「あのくだらない断罪劇の途中からです」
「くだらないって、あなた。ユリア様が好きで虐めていたわたくしが許せなくて王太子殿下達と一緒に居たのではなくて?」
「いいえ、王太子殿下の側近候補だったのでお側にいただけですし、ユリア嬢のことは別に好意を持っていませんよ」
「そう………」
(アルバートは、ユリア嬢を好きではなかったのね。
良かったわ。義弟が逆ハーの一員で満足する男でなくて)
安堵するベロニカだが、まだ疑問は尽きない。
「では尚更なぜあのまま王太子殿下にお付きにならなかったの?それに、ユリア様がお好きではないならあのように侍るかのような行為は控えるべきよ」
「あのような茶番に付き合うのに疲れたので早々に体調が悪いと言い帰らせていただきました。
ユリア嬢に侍っているつもりはありませんでしたが、王太子殿下の側近候補として近くにいたのは事実ですね。それから侯爵家の不正ですが、仕事を任されるようになってから修正していき、現在不正はありません。義姉さんの心配することはありませんよ」
(わたくしが断罪されているのを茶番と言い切ったわね…。でも、本当にユリア様に好意がないようだわ)
ベロニカはアルバートがユリアを好きではないという事実とに安堵している自分に気付く。
(王太子殿下に婚約破棄されたばかりなのに、なんということでしょう!わたくし、もしかしてアルバートのことが好きだったのかしら?だから小さな頃から気を引きたくて虐めていたのかしら?ユリア様との距離が近くて嫉妬していたのかしら?)
ベロニカが自分の想いに気付き慌てていると、アルバートは更にベロニカを慌てさせる発言を続ける。
「僕が好きなのは、義姉さんですから」
「へー。そうなの」
(………は?)
「えっ!?」
「義姉さんがユリア嬢に虐めをしていたのは知っていましたが、あんなのは本当の淑女の戦いより軽い猫のじゃれあいみたいなものですよ。王太子殿下もそれが分かっていながら義姉さんを罪だと断罪して自分の不貞を棚に上げたんです」
「………まぁ、そんなことだろうとは思いましたわ」
(薄々思っていましたけれど、王太子殿下は一国の王向きではないのでしょうね。もう婚約破棄して国外追放された方が逆にいいのではなくて?それよりも…)
「アルバート、わたくしが好きというのは本当なの?それは恋愛感情での好き?自分でいうのもなんだけど、わたくしあなたに好かれている要素なんてないと思うわよ?」
「そんなことはないです。義姉さんの怠惰で自堕落で気に入らないことにすぐに癇癪をあげて我が儘なところ、僕はすきですよ」
(どうしましょう。義弟の趣味が悪すぎる)
アルバートの告白ともいえない告白にベロニカは頭を抱えた。
「侯爵に今回の件を報告するのと同時にあなたへの婚約の申し込みをしてもよろしいでしょうか?」
「私の婚姻はお父様が決めること。お父様がお決めになられたのならわたくしに異はありませんわ」
あくまで婚姻は契約などであり、父に一任するというするというスタンスを取るがアルバートへの好意に気付いたばかりのベロニカはとても嬉しかった。
「ただ、僕は、被虐性趣味より加虐性趣味の方が強いんですよね」
「知りたくはなかったわ!その情報!!」
後日、パーティーでの断罪劇という娯楽ともいえるイベントが潰された王太子殿下は興が削がれたと言い、また高位貴族から下位貴族への言動としては許容範囲内として注意のみとされ、王太子殿下は勝手に婚約破棄をしようとしたことを国王陛下に咎められ、侯爵は不正の件でアルバートには強く出れずアルバートとベロニカの婚約を了承し、アルバートが婿入りする形としてすべてが終わった。
そしてベロニカは内密にユリアに謝罪し、アルバートと幸せに暮らした。
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