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第6話 研究室
セツと秘密の約束をしてから、一週間。
俺は浅い眠りから目を覚まして、ショーケースの三階の窓から、まだ朝焼け前の紫色の夜空を見上げていた。
あれからセツは、「抑制剤で押さえつけていた性欲が解放されたから、また普段の生活に戻れる」ということを俺に教えてくれた。
それから一週間。不調と言えるほどの変化ではなかったけど、俺はたまに寝苦しさを感じていた。
セツと一緒に気持ちよかったあの日みたいに、おちんちんが硬くなってズキズキする。ズキズキ? う~ん……ドキドキとかウズウズの方が近いかもしれない。
そんな訳で今日も眠れずに、息苦しさを逃がそうと窓から顔を出していた。
――カタン。
上の階でも窓の開く音がする。
「ベンジー?」
斜め上を見上げる。パンドラだ。
「なにやってるの?」
「パンドラこそ、どうしたの?」
「ボクはさ。発情期なんだ。でも運命の番いに会えてないから、色んな実験に引っ張り出される。今、研究所から帰ってきたとこ」
「大変だね」
どう大変かも分からないまま、取り敢えず労いの言葉をかける。
「ボクら『売れ残り』は、研究材料なんだ。ベンジーってαだったよな。ベンジーがボクの運命の番いだったらよかったのに」
そう言ってため息を吐く。
反射的に、言葉が出てしまった。
「俺の運命の番いは……」
「ん?」
「な、なんでもない!!」
俺の剣幕に、パンドラがビックリして紅い目を見張ってる。
俺はなんでも顔に出ちゃう。慌てて下を向いて誤魔化した。でも聡いパンドラ相手では、誤魔化しきれていなかったみたい。
「ベンジーひょっとして……初めての発情期、きた?」
「え……分かんない」
「朝起きたら、股間から白いものが出てたりしない?」
そういえば、あの日からたまにそんなことがある。セツと秘密の約束をしたけど、どうやらこれはセツとは関係なさそうだと考えて、俺は答えた。
「うん。たまに」
「おめでとうベンジー。もう大人だな」
「大人? 大人って……どういうこと?」
「心配しなくていいよ。ボクらの本来の役目が果たせるんだ」
俺たちの本来の役目……って、なんだろう? 俺はもっと質問したかったけど、パンドラは小さなあくびをひとつして、おやすみと窓を閉じた。
東の空が極彩色に輝き始めていた。
* * *
昼過ぎまでお布団の中でゴロゴロしてたけど、小鳥遊から支給されているスマホが鳴った。メッセージアプリLINNEの着信音だ。
▶パンドラから報告を受けた。発情期がきたというのは本当か?
前置きもなく、研究員から質問が投げかけられる。
◁うん。最近眠れなくて、パンドラと話したら、それは発情期だって言われた。
▶了解した。では今夜二十二時、シャワーを浴びてから研究室に来い。
尻尾と耳が、喜びにピン!と立ち上がる。
研究室は、セツが働いている場所だ。セツに会える!
◁分かった!
* * *
俺は、研究室がどんなところか知らなかった。
シャワーを浴び終わって赴くと、バックヤードみたいな誰も居ない狭い通路を歩かされた。
「入れ」
やがて、一定の間隔で並ぶドアのひとつの前に立たされる。ドアには自力で開けるためのドアノブらしきものはなくて、下から上へ自動でスライドして開いた。
まず、こちらを見ていたパンドラと目が合った。あのときのセツみたいに、とろりと快感に濁った目で俺を見上げている。
景色は縦線で区切られていて、そこは『檻』なのだと認識した途端、後ろから突き飛ばされて檻の中に跪いた。
パンドラがだらしなく舌を出して四つん這いで近付いてくる。それは、いつものパンドラじゃなかった。発情期だからなのか、あるいはなんらかの薬を打たれているのか、とにかくいつもの彼じゃなかった。
俺は思わずぞっとして、後ずさる。だけど自動ドアはもう閉まっていて、逃げ場はなかった。
「新しい個体?」
セツの声だ!
助けを求めようと声のした方を振り仰ぐと、俺と目の合った白衣のセツが、青い顔をして持っていたファイルを取り落とした。
「ベンジー……」
「セツ! なにこれ! たすけて!」
「セツ様、今日から被検体になるB-19800244、獣人では貴重なαです。P-28000405と発情期が合っていますので、交尾させるのに最適です」
「セツ!」
呼びかけてもセツは立ち尽くすばかりで、獣そのもののように俺に馬乗りになり、ホットパンツのジッパーを下ろすパンドラともがく俺の姿を、うつろな瞳に映していた。
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