第5話 運命の番い

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第5話 運命の番い

 セツと会えなくなって、三ヶ月が経っていた。生まれて二年と六ヶ月、こんなに長い間セツと会わないのは初めてだ。  俺はいつものようにセツのプライベートルームの広いベッドで、お昼寝をしていた。  会えなくても、ここにはセツの香りが強く残る。まるでセツと一緒に眠っているような気がして、無意識に布団に耳をこすり付けてマーキングしながら、俺はごろりと天井にお腹を向けた。 「ベンジー」  んー……セツの声まで聞こえる。  耳の後ろをかいてくれる優しい手の平を夢うつつに舐めたあと、俺は爆発的に目を覚まして飛び起きた。 「わっ」  その勢いに、セツがビックリしてる。だけど俺と目が合うと、今まで見たこともないほどそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。  笑うと、糸みたいになっちゃうセツの目。大好きだ。 「ベンジー。起こしてごめん」 「……」  言葉が出てこない。 「だ、大丈夫? ベンジー?」  セツが慌てて、ほっぺたを拭ってくれる。俺は大粒の涙を、ぽろぽろと零していた。止めようと思っても、あとからあとから流れ落ちてくる。 「セツ。嬉しい。俺……俺、寂しかった」  初めて俺は「寂しい」って気持ちが分かった。セツはいつも忙しいからなかなか会えなかったけれど、「会えない」って言われてそれがどのくらいの期間か分からないまま待つのは、本当に寂しかった。 「ごめん。待たせちゃったね。これからはまた、一緒だよ」  嬉しい、嬉しい、嬉しい。俺もまた、人生で一番の『嬉しい』を味わっていた。嬉しいのに涙が出ることってあるんだな。 「セツ、くっ付きたい」 「うん」  セツはベッドの縁に腰掛けた。俺はセツの頬にキスをして、耳の裏をこすり付ける。  セツは俺のもの。誰にも渡さない。会えなかった時間が、そんな思いを強くさせていた。   「セツ……」  掠れた声が漏れる。セツの手首を掴んで組み敷くと、セツも切羽詰まったような声を上げた。 「待って、待ってベンジー。駄目だ……んっ」  口付けて、尖った糸切り歯をセツの舌に甘く立てる。パンドラが言っていた。 『それは、恋愛感情の『愛してる』ってこと。キスもその先も、色々したくなるのが恋人だよ』  その先って、色々ってなに? だけど確かに、自分だけじゃなくセツにも気持ちよくなって貰いたくて、『なにか』をしたかった。  顔が逸らされて、目の前にきたかわいい耳の穴に舌をねじり込む。 「ア……ッ」  その声に、酷く興奮する。無意識に、腰と腰を合わせて揺らしていた。  頭の中が、混乱しながらもクリアになっていく。セツ。セツのことしか考えられない。  夢中で腰を振って、セツとこすり合わせて、俺たちは喘いだ。  なにかがひたひたと身体中に満ちてきて、それが風船を割ったようにぱぁんと弾ける。俺とセツは、額に汗を浮かべてぐったりと互いに身を寄せていた。ふたり分の、雄の匂い。 「そんな……なんで……」  セツが息を荒らげながら呟く。 「ベンジー。君とぼくは……」 「セツ。大好き。『愛してる』って気持ちなんだって、パンドラが教えてくれた」 「ベンジー、よく聞いて」 「うん」 「普通、人間と獣人のヒートは一致しないはずなんだ。だから、発情期がほぼ終わったから君に会いに来たんだけど。君も、その……イッただろう?」 「何処に、行くの?」 「ああ……」  セツが顔を上気させて、ばつが悪そうに口元を覆う。  かわいい。 「その……おちんちんからなにか出なかった?」 「あ……うん。おねしょしちゃった。ごめんなさい」 「それはね、おねしょじゃないんだ。性的に興奮すると、子どもを作るために出る精子だよ」  性教育は、幼児向けのものを一通り受けてはいた。だからセツの言っていることはぼんやりと理解出来る。 「だからね。ぼくとベンジーは、きっと『運命の番い』なんじゃないかと思う」  それは俺にとっては嬉しい言葉だった。大好きなセツと運命で結ばれているなんて。  だけどセツは、複雑な顔をしてる。   「どうしたの? それって嬉しいことじゃないの? セツは俺が運命の相手だったら嫌?」  矢継ぎ早に質問する俺の不安を感じ取って、セツは柔らかく微笑んだ。 「ううん。ぼくもベンジーが大好きだよ」 「よかった」  ホッとしたら、凄くハッピーな気持ちになった。ザラザラの舌で、セツの頬を舐める。セツはくすぐったそうに笑った。 「こら。もう駄目だよ、ベンジ-」  俺の肩に手の平を当てて身を離したあとに、ご褒美のときみたいに頭を撫でてくれる。  そして、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。 「ぼくもね。君が大好きだよ、ベンジー。……だけど、ぼくは曲がりなりにも小鳥遊の人間なんだ。だから……ひょっとしたら、ぼくたちは一緒に居られなくなるかもしれない。ぼくたちが運命の番いだってことは、誰にも内緒だよ」  セツの心配そうな表情で、言葉よりもなによりも伝わってくる。これは、俺とセツだけの秘密。  俺もそっとセツの頬に頬を寄せて、答えた。 「うん。俺、セツとずっと一緒に居たい。だから、誰にも言わないよ」
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