転生ヒロインに困ってしまったので、子供らしく親に頼りました

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侯爵令嬢アマーリエは、ボンコツ男爵家の養女であるシルフィアが転生したヒロインであることはすぐに察しがついた。 なにせ彼女は忙しい。 あちらこちらへ攻略対象への好感度上げに奔走しているからである。 そんなアマーリエも転生した身ではあるが、物語の本筋とはまったく関係ない。 強いていうなら攻略対象の一人、公爵家嫡男のナルシスの婚約者スカーレットの友人であることくらいだ。 スカーレットはとても優しい人格者で、アマーリエはスカーレットのことをとても優しく良き友人だと思っていたためこの事態は喜ばしくない。 スカーレット自身もナルシスのことを思い悩んで両親には相談できなくともアマーリエに時折相談してくる。 シルフィアは全員に手を出していることから間違いなく逆ハーエンド狙い。 本来2周目以降にしか解禁されない逆ハーエンドを狙うとはなかなかに強かな女性である。 アマーリエはスカーレットのためになんとかナルシスを狙うことだけは最低限止めてほしいと思ってはいるが、関係のない自身が友人だからとスカーレットのためという大義名分で動いてしまえばスカーレットの名にも傷がつく可能性がある。 「困りましたわね」 いっそ、男爵家諸共なかったことにしてしまいましょうか? カフェテラスで紅茶を飲みながら考え込みアマーリエが不穏な考えを持ち始めると、影が差した。 「遅れてごめんよ、アマーリエ」 「いいえ、シフォン様。わたくしがシフォン様にお会い出来るのが楽しみで早く着きすぎてしまっただけですわ」 アマーリエの婚約者のシフォンである。 シフォンは既に学園を卒業し、アマーリエの家に婿養子になるためにアマーリエの父の元で勉強中の身である。 現在は学園の休みに合わせてアマーリエの父に許可を貰い二人で市井でデートの約束をしていた。 「なにか考え事をしていたようだけど、学園でなにかあったのかい?」 「ええ、実は…」 転生やヒロインといったことを伏せてシルフィアのこと、スカーレットの役に立ちたいこと、本音をいうなら浮気者のナルシスと別れてスカーレットにはもっといい男性と結婚してほしいことをシフォンに相談した。 「なるほど、それは困った女性もいたものだね」 「困ったどころではありませんわ!調べたら、先程言わせていただいた男性以外にも爵位が上の見目良い男性にお声を掛けてらっしゃるようだし…」 よくよくシルフィアをしらべれば、攻略対象を行ったり来たりしているだけでは飽きたらず、自身の気に入った男性にはモーションを掛けていることを知ったアマーリエの感想は、バイタリティが凄すぎるの一点のみであった。 ヒロインとして、人気のあった乙女ゲームを謳歌したい気持ちも分からないではない。 だがこれはゲームではなく現実だ。 人の気持ちも契約としての婚約も実在している。 現に男性がシルフィアに身を傾け見限られて婚約が破談になったことも一度や二度ではない。 恨みも告訴もされていそうなものだが、男爵令嬢に負けたというプライドが破談にされた令嬢を踏み留ませていた。 そこまで憤慨して言い切り、困ったように眉を八の字にしたところでシフォンが口を開いた。 「そこまでの女性なら、なにも自分達だけで解決しようとしなくてもいいと思うよ。スカーレット達はまだ親の庇護下にいる。令嬢達が困っているならご両親に相談すればいい。一人での告訴が恥ずかしいなら連名ですればいい。それなりの数がいるんだろう?一人で無理ならご令嬢同士で相談してご実家からシルフィア嬢に訴えればいい。スカーレット嬢のこともそうさ。まだご両親には相談していないんだろう?婿入りならば婿入り前に愛人を作る男は問題外だが、スカーレット嬢はお嫁に行く身。学園内の火遊びと一蹴されるかもしれないが、とりあえずご両親に現状を相談してみたらどうだい?」 目から鱗であった。 前世と今世を合わせてそこそこの年月を重ねてきたと思っていたため大人のような思考でいたが、今世だけならまだ親の庇護下の子供である。 親に相談するということがすっかり頭から抜け落ちていた。 「そう…そうね!シフォン様!わたくし達はまだ子供ですもの。すべてを自分達で決める必要はありませんわ!」 「いや、自信を持って子供と言うほど子供ではないけどね」 「いいえ!子供です!今のわたくしは子供ですから、子供らしく我儘を言いますわ!スカーレット様も被害に遭った方々も子供ですもの。子供らしく癇癪を起こさせていただきますわ!」 さすがはわたくしのシフォン様ですわ!と嬉しそうに顔を綻ばせるアマーリエを見て、シフォンも笑う。 「どうなるかは分からないけれど、各家の判断がいいものになるよう祈っているよ」 「あら?このわたくしが企画しますのよ?絶対にあのシルフィア様にスカーレット様を悲しませたこと後悔させてみせますわ!」 休み明け、アマーリエはスカーレットにシフォンの考えを話し、両親に相談しようと持ち掛けた。 初めは振り向いて貰えなかったという自身の恥と両親にどう思われるかで躊躇っていたスカーレットだが、アマーリエの根気強い説得により両親への相談に至った。 スカーレットの両親はスカーレットが思っていた以上に娘を愛しており、自分達の娘を蔑ろにするような男に嫁にはやれないとナルシスの家に不貞を理由に婚約解消を申し出た。 解消するとなると経緯を知ったナルシスの両親は息子を叱りつけ、次男への後継も有り得ると申し付けた。 ナルシスは慌ててスカーレットに謝り誠心誠意尽くそうとしたが、一度裏切られたスカーレットの傷は深く、決してナルシスを信じることも復縁することもなかった。 アマーリエは他の攻略対象者の婚約者などのシルフィアの被害者にも声を掛けて、あまりの多さに驚きつつもこちらも根気強く説得し、家への報告という形で現状を伝えて貰った。 数件はペナルティを付けながらも婚約続行を選び、大多数の家はここまで被害者がいるのならばとシルフィアのボンコツ男爵家への告訴を視野に入れた苦情と婚約解消による慰謝料の請求をした。 事の次第を聞いたシフォンは奮闘したアマーリエを労るように「お疲れ様」と言い温かい紅茶を淹れてくれた。 それだけでも苦労が報われた気持ちになるのは惚れた欲目というやつかしら?と、アマーリエはシフォンに癒された。 スカーレットとナルシスの婚約が解消されて数日後、スカーレットとアマーリエは仲良く談笑していた。 「ありがとうございます、アマーリエ様。あのまま一人で思い悩んでいたらいつまでもナルシス様に囚われて前へ進めずにいましたわ。シフォン様にも、スカーレットがお礼を申し上げていたとお伝えください」 「いいえ、いいえ。スカーレット様。わたくしは、スカーレット様が笑っていてくださるだけで充分ですわ。新しい婚約者選びも始まっていると聞き及んでおります。今度こそ、誠実な方との婚約が成立するようわたくしもお祈り申し上げますわ」 「そうですわね。次はアマーリエ様とシフォン様のような関係になれる方と婚約したいと思っておりますわ」 ふふふ、とスカーレットに微笑まれてアマーリエは赤くなった。 「でも、シフォン様のような素敵な方はそうそういませんわよ」 とつい惚気をしてしまったのはアマーリエの本心なので許して貰いたい。 さて、シルフィアのその後だが、シルフィアは今まで婚約者のいる男性に手を出して婚約を破談にし、その損害賠償が家屋や財産を売り払っても足りないらしく、爵位を売却し平民として暮らしているらしい。 もう泣きついても助けてくれる男性はいない。 毎日両親に今までのことを叱られながら下働きに出ている。 「私はヒロインなのに!なんでこんなことをしなくちゃいけないわけ!?」 と時折叫んでいるが、返す者は誰もいない。
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