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彼女の声は大気を震わせ大地を走るから、地面さえ繋がっていれば予想もつかないところからも飛び出して響き渡る。
それを耳にした誰かから、そのうち「感動しました」とか「美しい音楽に心が洗われます」といった声が届くようになった。
小屋は今では定住のための家に建て替えられた。玄関のポストに届くそれらの手紙を、僕はそのまま放置した。
もうどんな言葉も要らないのだと、国の偉い人たちに言ってポストを引っこ抜かせた。わざわざ設置してくれた電話機も、必要ないから処分した。
救われたい奴が勝手に救われているだけだ。僕は別にお前らのために曲を作っているわけじゃない。妻に捧げるためだけの曲を書き続けているだけだ。
彼女の歌声がどこまでも響くから、それをみんなは聴いているに過ぎない。
地球を救うための曲なんか僕は書けないし書く気も起きない。それでも彼女のぼぉぉ、という声が調べを持って響くから、大地も勝手に鎮められているだけだ。
だけど救われるほうの気持ちも分かるから、どうしようもない。
僕の曲を、もう同じ場所には存在していない彼女が大地の底で歌って聞かせてくれるから、僕は今でもこうしてどうにか生きてられる。
妻に曲を書くためだけに、生きていられる。
大地に同化した妻は今日も僕の曲を飲み込んで、歌を星に響かせている。
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