10.リリアナがいなくなったら嬉しいか?

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10.リリアナがいなくなったら嬉しいか?

 僕、レオナルド・ストリアとリリアナ・マケーリは政略的な婚約だった。  ストリア公爵家はカサンデル王家よりも歴史のある家門だ。  騎士団まで持っていて、邸宅は王宮に匹敵するくらい豪華だ。  しかし、俺の父が大きな商売で失敗したことで経済的に困窮することとなった。  貧しいこと、人に嘲笑されることに慣れていない両親はその状況に耐えきれず心中した。  僕はたった1人残されて、公爵の爵位を早めに継ぐことになった。  そんな時に婚約話を持って来たのがリリアナの父、ケンテル・マケーリ侯爵だった。 (元はと言えば、父の商売の失敗も彼が原因だ⋯⋯)  両親の死の原因をも言える男の娘との婚約話を受ける気はなかった。  彼の目当てはストリア公爵家の権威だろう。  金を手に入れた後は、権力が欲しくなったと言うことだ。  彼の連れてきた娘リリアナ・マケーリは彼に似た赤毛に緑色の瞳をしていた。  彼に似ているだけで不快感がしたが、悪女という評判とは裏腹に大人しい女だった。  親の駒でしかない人形のような彼女を自分が好きになることはないと思った。  そんな彼女を見ていると、この婚約をすることでマケーリ侯爵家の莫大な財産をこちらが狙えると考え始めた。  リリアナと一緒に舞踏会に参加したのは1度だけだ。  優雅にダンスをこなす間も彼女は無表情だった。  その舞踏会で出会ったのがミーナだった。  ミーナは貧乏男爵家の出だからか、野心溢れる女だった。  明らかに僕に近づいて来たのは家柄目当てだ。  現在のストリア公爵家は彼女の家と変わらぬくらい困窮しているのに、彼女は必死に僕に媚を売ってきた。  そんな彼女と過ごす時間は、僕の自尊心を回復させ気分が良かった。 「⋯⋯レオナルド⋯⋯あっすみません、公爵様⋯⋯いつも心では名前で呼んでたのが、つい出てしまいました」  安っぽいテクニックを使いながら、僕を落とそうと必死のミーナを恋人にすることにした。  感情を持たないようなリリアナが、僕が恋人を作った時にどう出てくるかに興味があった。  しかし、リリアナは僕がミーナと舞踏会に出席して、置き去りにされても何とも思っていないようだった。  ミーナと付き合っている間も、リリアナと月1回は義務のように会うようにしていた。  あの日も彼女と客間でほとんど会話のないつまらない時間を過ごした。  馬車まで彼女を送ろうとした時に、突然、僕の後ろを歩いていた彼女から呼びかけられた。 「レオナルド! 本当にレオナルド・ストリア?」  いつもと違い明るい溌剌とした彼女の声と、僕の目を食い入るように見つめてくる姿に釘付けになった。 (何で、彼女はこんなに嬉しそうに興奮しているんだ?)  昨晩降った雨のせいで庭園に舞い落ちた落ち葉が滑りやすくなっていたようだ。  彼女は僕に一歩近づこうとすると、ヒールが雨で抉られた穴に刺さったのだろう。  リリアナは後ろに倒れて後頭部を打った。 「リリアナ!」  彼女を抱き起こして、頭に触れると手にべっとりと血がついた。  いつも人形のようだった彼女が生きている事を知らせる真っ赤な鮮血に僕は罪悪感でいっぱいになった。 (手を繋いでやっていれば良かった⋯⋯)  急いで医者を呼ぼうとすると、ぐっと手首を彼女に掴まれた。  そんな不躾な彼女らしくない行動に驚くと、彼女は目を宝石のように輝かせながら僕を見ていた。 「あぁ、レオナルド⋯⋯好きです。私を今すぐにでもあなたのものにしてください」  彼女の発言に驚いたと同時に、彼女がとんでもない美しい女性だということに気がついた。  ずっと見ていたくなるようなエメラルドのような瞳が僕だけを見ていた。  早く彼女の頭の傷を見せに医者を呼ばなければならないのに、ずっと2人でいたいと思ってしまった。  彼女にストレートな物言いで求められて、物凄く照れ臭くなった。 「本当に酷く頭を打ったみたいだな⋯⋯僕のどこがそんなに好きなんだ?」  彼女の小さて赤い可愛い口から、僕のどこが好きかを聞きたかった。  それなのに、彼女は僕がミーナに一途なところが好きだと言ってきた。  その上、僕とミーナを結びつけて見せると宣言してくる。 (まさか⋯⋯婚約を破棄する気じゃ⋯⋯)    マケーリ侯爵家の財産が惜しいのではない。  今、僕を好きだと言ってくれた目の前の美しくも可愛らしいリリアナと離れたくなかった。  その時、執事がやってきてミーナの来訪を告げた。  その声がリリアナに届いたのか、彼女は気を遣って傷の手当てもしないまま去って行ってしまった。 「レオナルド、明日の建国祭のパレードと、明後日の舞踏会に着ていくドレスが届いてるのよね。私なんかが良いのかな⋯⋯あんな豪華なドレス⋯⋯」  来るなり甘ったるい声で腕を絡めてくるミーナに今まで感じなかった不快感を感じた。 「ミーナの可愛らしさを引き立てるには、あれくらいじゃないと⋯⋯」  控えめに見せて自信家な彼女の欲しい言葉を吐いている自分にゾッとして言葉が続かなかった。  僕は彼女を愛してはいない。  ただ、落ちぶれた自分を気持ちよくしてくれる存在として必要としていただけだ。  彼女が何を考えているかを察して、欲しい言葉を与えてやるのに同じ事をなぜリリアナにしなかったのだろう。 「この後は、聖女像の広場の方に散歩に行かない?」 「いや、今日はドレスを受け取ったら帰ってくれ。それと、明後日の舞踏会の件だが君のことをエスコートできなそうだ」  ミーナのデートの誘いに乗る気にはならなかった。  頭の中はリリアナのことでいっぱいで、ミーナの話を聞く気になれない。  聖女像の広場の周辺には宝飾品店が並んでいるから、彼女はそこに僕を連れて行ってドレスに似合うジュエリーを買って欲しいだけだ。  また、「こんな素敵なジュエリー私なんかに似合わないよね⋯⋯」と謙遜するフリをして強請られるのが目に見えている。 (僕はリリアナには何も買ってあげたことがないな⋯⋯)  リリアナの実家はカサンデル王国一の金持ちだ。  彼女が何もねだってこない事で僕は勝手に傷ついていた。   「まさか、リリアナ様と舞踏会に出席するつもり? まあ、たまには彼女にも気を遣わないとまずいかもね⋯⋯他の人の目もあるし。明日のパレードは一緒に観にいくでしょ。寂しいけれど、私はそれだけで満足するわ」  ミーナが寂しそうに腕に頬擦りをしてきた。  なぜだか頭には僕を好きだと叫んでいたリリアナの顔が浮かぶ。 (今日はいつにも増してミーナのあざとい演技が癪にさわるな)  パレードの見学など、本当は行く気がなかった。  平民どもがごった返して、美しい王子アッサム・カサンデルを見ようとしている。  彼の母親は人気の踊り子だったことから、彼自身も平民人気が高い。  僕は彼が嫌いだった。  彼は好色の王が気まぐれに手をつけた踊り子の息子くせに次期国王になる。  血筋は彼より僕の方がずっと優れているのに、将来的には僕は彼に仕えなければならない。    パレードに行くと、いるはずのなかったリリアナが彼女の護衛騎士のカエサルといた。  僕と一緒にいる時よりも、ずっと楽しそうな彼女に苛ついた。    そして、信じられないことが起こった。  アッサム王子が丁度僕たちの前を通ろうとした時に、暗殺者が彼を狙ったのだ。  そして、殺されそうになった彼を身を挺して庇ったのがリリアナだった。    彼女はその場で倒れて、出血多量の為か気を失っていた。  彼女の腹からとめどなく真っ赤な血が溢れ出していて、カエサルが必死に止血しようとしている。  真っ青な彼女の顔を見て、自分には何もできなくても側にいたいと思った。  しかし、アッサム王子はそれを許さず僕と彼女は引き離された。 「レオナルド、明日の舞踏会は私と一緒に行こうか。リリアナ様はあの様子では参加できないでしょ」  笑みを薄ら浮かべながら、僕の腕に甘えたように手を絡めてくるミーナに寒気がした。 「ミーナ⋯⋯リリアナがいなくなったら嬉しいか?」 「まさか! そんな恐ろしいこと思うわけないでしょ。私は彼女が心配なの。明日、舞踏会に行ったらアッサム王子にお願いしてリリアナ様の容態を見せてもらいに行こう」  ミーナの言葉に背筋が凍った。  リリアナの状態は明らかに危険だ。  王宮には優秀な医師がいるから、命が助かったとしても明日立ち上がれるかも分からなそうだ。  今では伝説になってしまっている聖女でも現れない限り、しばらくは動くのもままならないだろう。    そんな僕の予想を裏切るようにリリアナはアッサム王子と舞踏会に現れた。
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