11.リリアナは婚前にそんなことはしない⋯⋯。

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11.リリアナは婚前にそんなことはしない⋯⋯。

 赤色の礼服を着たアッサム王子と、赤いドレスを着たリリアナ。  嫉妬を忘れて息を呑むほどお似合いの2人だった。  美しい2人が舞踏会の開幕を告げるダンスを始めると皆が一斉に注目した。  それと同時に僕に対する、嘲笑が始まった。    僕は一瞬にして婚約者を王子にとられた可哀想な男になった。  異様な視線を感じて隣を見ると、ミーナは僕の反応を楽しそうに見ていた。 「ひゃあっ」  小さな悲鳴をあげる声が聞こえて、アッサム王子とリリアナに目を向けると2人は口づけをしていた。 (リリアナがこんな大衆の目がある場所でそんなことを!)  彼女は初めて会った時は無関心な姿を見せたのに、一昨日は僕に夢中な可愛い女だった。  そんな彼女は昨日には他の男を庇い、今、僕の大嫌いなその男と口づけをしている。  曲が終わると同時に2人が離れたので、僕はすぐに彼女に近づいた。  アッサム王子との口づけの余韻に浸るような彼女に苛立つ気持ちを抑えながらも彼女をダンスに誘った。   「リリアナ⋯⋯曲が始まる。踊ろうか⋯⋯怪我はもう大丈夫なのか?」  昨日、彼女は気絶する程の出血をしたのに今は平然としている。  無事だったのは喜ばしいことだし、彼女と2人の時間を持とうと思った。  拒否されることなど全く予想していなかったダンスの誘いは断られた。  リリアナは小走りで逃げるようにバルコニーの外に出たので、僕は慌てて彼女の後を追った。  バルコニーに出ると外には雪が降っていた。  少し震えたリリアナを抱きしめたくなるも、僕たちはそんな親密な関係ではないことに気が付く。 (婚約者なのに、彼女との距離が遠い⋯⋯アッサム王子は彼女と口づけまでしてたのに!) 「リリアナ⋯⋯なんで、逃げるんだ! 一昨日は僕のことが好きだと言った癖に今はアッサム王子殿下が好きなのか?」  気がつけば彼女を問いだだしていた。  僕のことを好きだ、抱いて欲しいなどと熱烈にらしくもなく迫ってきた彼女が愛おしかった。  僕の心を捉えといて、彼女はアッサム王子とできていたのだろうか。 「見苦しいぞ! ストリア公爵、早く恋人のところに戻ったらどうだ」  突然現れてまるで彼女を自分のもののように扱うアッサム王子に苛立つ。  彼が肩にかけた狐の毛皮を愛おしそうに抱きしめるリリアナに苛立った。 「アッサム王子殿下、リリアナを気に入ったのですか? 申し訳ございませんが、リリアナは私の婚約者です。手を引いてください」  僕は当たり前のことを主張したつもりだった。  リリアナは僕の婚約者で、僕は公爵だ。  たとえ王子といえども、僕の婚約者に手を出して許されるはずはない。  それなのにアッサム王子は当たり前のように、僕とリリアナが婚約破棄するような話をして彼女を連れて行ってしまった。  僕は怒りや悲しみでごっちゃになった頭を抱えながら、バルコニーに佇んでいた。 「レオナルド! どうしたの? リリアナ様を取られそうになって、急に彼女が気になりだしちゃった?」  急に後ろから抱きつかれて振り向くと、不敵に笑うミーナがいた。 「取られてなどいない!彼女は僕の婚約者だ⋯⋯」  ミーナはなぜ僕を挑発するような言い方をしてくるんだろう。  僕は雪降る寒い場所にいたせいで、頭が冷えて冷静になれていた。 「リリアナ様の事を人形みたいで、つまらない女だって言っていた癖に。他の男の前では人形じゃなくて女だった事に気がついたのかしら」  されどミーナは僕を挑発してくる。  彼女がどうしてそんな事をしてくるのか全く理解できない。  いつもの彼女なら、「私はリリアナ様とは違ってレオナルドしか見てないよ」とか言って媚びてくるはずだ。 「2人とも我慢できなくて部屋に行っちゃったみたいね。アッサム王子はお盛んな方だもの。今晩、リリアナ様は寝かせてもらえないんじゃない?」  僕が黙っているとミーナはまたも僕を挑発してくる。 「リリアナは婚前にそんなことはしない⋯⋯」  自分でも驚くくらい消え入りそうな声が漏れた。  手が早くて好色と有名なアッサム王子が美しい彼女に手を出さないとは思えない。 「みんなが見てる前で口づけまでしているんだから、見ていないところではもっと凄いことをしているわよ」  一瞬、脳内にベッドの上でアッサム王子に乱されるリリアナが浮かんだ。  脳が沸騰していくのを感じた時に、ミーナが僕の耳元にそっと後ろから囁いてきた。 「リリアナ様がレオナルド様を裏切っていたとしても、私は側にいるよ」  僕の背中に顔を埋めている彼女の表情は見えない。 「ミーナ僕と別れてくれ、僕は君を愛していない」  僕は気がつけばミーナに本音をぶちまけていた。  リリアナの家への劣等感や苛立ちを埋めるために彼女と付き合ってきた。  そんなことは自分でもどこかで分かっていたが、認めたくなかった。  僕を後ろから抱きしめていた手を解き、僕の前にきた彼女は楽しそうに笑っていた。 「可哀想なレオナルド⋯⋯両親が心中した原因の娘と婚約したのに、興味も持たれない。結局、彼女のことも卑しい平民の血の混じった王子に取られちゃった」  僕の耳に届いたミーナの言葉は、別れの言葉の返事ではなく僕が一番聞きたくない嘲笑する言葉だった。 (こんな男に媚びるしか脳のない男爵令嬢に言われたくない!)  頭にきて思わずミーナを殴りそうになった時、頭の中でリリアナがくれた言葉がこだました。 (「ただ、あなたの側にいたいのです。朝起きてあなたがいて、夜寝る時にあなたがいる。そんな幸せがあれば死んでも良い!」)   「何がおかしいの?」  怪訝な表情のミーナに問いかけられる。  僕は思わずリリアナの興奮したような愛の告白を思い出して笑っていたらしい。 「お前がおかしいんだよ。さっきから僕を挑発したりして何が目的だ? 得意の媚びた演技も錆びついて薄ら寒かったぞ。僕はもうお前とは関わらない」  僕はミーナをバルコニーに残し、舞踏会会場に戻った。  もし、今、リリアナがアッサム王子に抱かれていたとしても、僕は部屋には乗り込めない。 (そんなことが本当にあったら、王家に反旗を翻してしまうかもしれない⋯⋯)    ストリア公爵家は経済的には困窮しているが強い騎士団を持っている。  アッサム王子がリリアナを無理やりものにしようものなら、僕にも考えがある。 (彼女は僕のことが好きで、僕の為に生きたいと言ってくれた⋯⋯)  彼女と僕は再来月には結婚する予定だ。  結婚さえしてしまえば、彼女とのすれ違った時間も取り戻せるだろう。  ♢♢♢  翌日、僕は祈るような気持ちでマケーリ侯爵邸を訪ねた。  もしかしたら、王宮に滞在しているかもしれないと思っていたリリアナは邸宅に戻っていた。   「やはり、他の女性を思っている方とは結婚できないと思い直したのです。婚約破棄しましょう。どうぞ、ミーナ様とお幸せに」  軽蔑するような冷たい視線を向けるリリアナに僕は息を呑んだ。  人形のようだと思っていたら、僕を好きだと目を輝かせていた彼女。  そんな変化に驚く間も無く、彼女は僕の嫌いな男を守り口づけまでしていた。  彼女の変化に動揺して、駆け引きをしようとしているのかと責めるのような事を言ったのがいけなかったのだろう。  彼女を泣かせてしまい、もう話すことはないとまで言われてしまった。  どうして、僕は彼女の前だとこんなにも情けない男なのだろうか。 (きっと、アッサム王子なら彼女を抱きしめて口づけして慰める⋯⋯)  僕はリリアナに対しては、なぜだかそれができない。 (おかしなプライドが邪魔する⋯⋯このままでは彼女を失ってしまうのに⋯⋯)    彼女の側に少しでもいたいのに、これ以上彼女から拒絶の言葉を聞くのが怖くなって逃げ出した。  それでも、とても帰る気になれずマケーリ侯爵邸の前で馬車を止めて彼女のいるだろう部屋を見つめていた。    すると、リリアナにいつも付き添っている護衛騎士カエサルが僕に近づいてくるのが見えた。
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