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12.リリアナ、愛している!
「ストリア公爵殿下、どうかお引き取りください。リリアナ様を想う気持ちが少しでもあるのなら⋯⋯」
カエサルが頭を下げて、彼の茶髪に攻撃的な灰色の瞳が隠れる。
(リリアナを傷つける僕のことが殺したい程憎いようだな⋯⋯殺意が隠せていない)
彼がリリアナに特別な感情を持っているのは明らかだった。
だとしても、ただの護衛騎士に彼女の婚約者で公爵である僕が指図されるのはおかしい。
(パレードの時もそうだったが、この男がリリアナの恋人のように振る舞っているのが癪にさわる)
「リリアナの気持ちを君は正しく理解しているとでも? そういえば、君は王宮にも付き添っていたな。そこでも君は彼女の恋人のように振る舞っていたのか?」
「私はただの護衛騎士です。人の心など正しく理解することは不可能です。それでも、気持ちを想像することはできます」
「下がれ! 不愉快だ!」
僕が怒声を浴びせると、邸宅の中へとカエサルは去っていった。
まるで、僕がリリアナの気持ちを無視しているような物言いに腹が立った。
自分の本心に向き合えば、僕はいつだってリリアナが何を考えているかを想像してきた。
彼女が僕のことを見下しているのではないか、政略的な婚約で割り切っていて興味がないんじゃないかと考えていた。
自分のプライドを曲げてまで、彼女の興味を引くような行動ができなかった。
でも、彼女が僕を好きだと言ってくれた瞬間があって、その時の彼女の言葉が真実だと信じたい気持ちがあった。
本当はずっと彼女に愛されたくて、僕自身も彼女を愛したかった。
昨晩降り積もった雪が枝から落ちるのをずっと見ていた。
枝に1枚だけ残っていた落ち葉が雪の重さで、落ちて風に舞っている。
目の前を舞う薄らと赤い落ち葉がリリアナの髪のように見えて、そっと触れようとしたが触れられなかった。
気がつけば、指先まで氷のように冷たくなる程の時間が経っていた。
それでも僕は全くそこを動けなかった。
邸宅から小さな影が出てくるのが見える。
(リリアナ⋯⋯)
近づいてくるリリアナの頬に触れる。
想像していた以上に柔らかくてもっと触れたくなった。
「リリアナ、やっぱり今の君を放っては帰れなかったよ⋯⋯」
自分が発した言葉にがっかりした。
(どうして、会いたかったから待っていたと正直に言えないんだ⋯⋯)
「もう、私のことは放っておいて頂けませんか? ミーナ様はどうしたのです?」
「今日は君と舞踏会に出席するつもりだ。君を愛する努力をしようと思う⋯⋯」
僕はとっくに彼女の事で頭がいっぱいなのに、彼女に愛していると言えない。
(彼女がもう1度あの時のように僕を好きだと言ってくれれば、僕も好きだと返せるのに⋯⋯)
僕を拒絶している女に愛を乞う情けない男にはなれない。
なんとか彼女を馬車に乗せて、緊張しながら手を握った。
(23歳にもなって手を握るだけで、こんなに緊張して幸せな気持ちになるなんて⋯⋯)
本当は彼女に今自分に生まれている彼女への愛を伝えたかった。
でも、僕の口は想いとは裏腹に他の話をしていた。
「馬車を止めて!」
突然、リリアナが叫んだかと思うと、走っている馬車の扉を開けて外に飛び出した。
慌てて馬車を止めて彼女を追いかける。
(妊婦? 妊婦が倒れていたから馬車を止めたのか?)
「赤ちゃんの頭が出てきています。ここで出産します。綺麗な布を集めて、人肌くらいのお湯を持って来てください!」
まるでベテランの産婆のような口調のリリアナに驚きのあまり絶句した。
それと同時に、リリアナを非難するような声に胸が詰まった。
「リリアナ・マケーリ、この悪女が! お前の家のせいでウチは潰れたわ。この悪魔が消えろ! 俺はこの女の夫だ」
妊婦の夫の言葉は、僕がリリアナに会う前に彼女に抱いてた気持ちと同じだった。
彼女の家のせいで、父は事業に失敗して公爵家は困窮した。
両親を心中するまで追い込んだ家の娘⋯⋯リリアナ。
「私は聖女です! あなたの妻も子も必ず救います」
リリアナの凜とした声が響き渡る。
聖女など当の昔に消えた伝説の存在だ。
いつの間にかリリアナは慣れた動作で赤子を取り上げていた。
微笑みながら赤子を母親に抱かせる彼女は、聖母のようだった。
「リリアナ⋯⋯君は聖女の力を手に入れたのか?」
僕は気がつけば彼女に尋ねていた。
もし、彼女が聖女であれば、王宮に連れて行かれてしまうかもしれない。
聖女がいた時代は、聖女は王族と結婚し国の為に尽くすのが通例だった。
「そうです。だから、あなたの側にはいられません⋯⋯」
彼女が目を伏せながら発した言葉に、谷底に突き落とされたような気分になる。
(嘘だろ? なんで、僕の心を征服した後にそんな残酷な⋯⋯)
ふと彼女が左の肘から血を出しているのが見えた。
気がつけば彼女を手放すのが名残惜しくてその血を吸っていた。
「やめてください。私の聖女の力で治すので」
冷たいリリアナの声に、自分が血を吸うなどと変態のような事を公衆の面前でしたことに失望した。
「リリアナ! 待ちきれなくて迎えに来たよ!」
「アッサム王子殿下⋯⋯今朝は勝手にいなくなってすみませんでした」
彼女を迎えにきたアッサム王子に、恋人のように駆け寄るリリアナ。
彼は当たり前のように彼女を抱きしめた。
聖女の力をリリアナが持っていたことを彼は知っていたようだ。
もう諦めて自分のところに来いと彼女を口説いている。
僕は恋人のように抱き合う2人を見て耐えられなくなった。
気がつけば僕はくだらないプライドを捨て、愛する人に愛を乞うだけの男になっていた。
「リリアナ、愛している! 君のことしか考えられない愚かな男を哀れんで、僕の側にいてくれないか?」
聖女は王宮に行かなければならないのに、僕は今無理を言っている。
今まで、プライドが邪魔をして言えなかった言葉が堰を切ったように溢れ出す。
「僕は君の為に生き、死にゆく存在でありたい。君の幸せだけに生きられれば、堪らなく僕も幸せなんだ」
僕がリリアナから言われて一番嬉しかった言葉をなぞるように紡いだ。
自分でも情けないくらい声が震えていて、目の前にいるリリアナが滲んでいく。
僕には歴史あるストリア公爵の1人息子としてのプライドがあったはずだ。
今、周囲には見知らぬ平民がいるのも分かっているし、大嫌いなアッサム王子がいるのも分かっている。
情けない姿なんて絶対に見せたくないのに、彼女を失うと思うと耐えられなかった。
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