16.2度としないでください。

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16.2度としないでください。

「アッサム王子殿下、お誕生日おめでとうございます」  今、アッサム王子と踊っているのは私と彼が一晩中練習した建国祭の1曲目だ。 「リリアナ嬢⋯⋯もしかして、監禁されてないか?」  アッサム王子との思い出に浸っていたら、ふと耳元で囁かれた。 (監禁⋯⋯溺愛じゃなくて、束縛愛かとは思ったことあるけれど⋯⋯確かに、監禁と感じた事があった⋯⋯)  ふとレオから他の男と踊るなと言われたのにアッサム王子の誘いを受けてしまった事を思い出す。  こっそりと、レオの方を見ると冷たい目で私たちを見ていた。 「あっ」  思わず、レオに気を取られてアッサム王子の足を踏んでしまった。  私はそっと聖女の力を使い、彼の足の痛みをとる。  ゆっくりと治癒の魔力を流すと光らないから周囲にはバレないだろう。 「リリアナ嬢⋯⋯俺がなんとかする。その力を王家では今本当に必要にしているんだ。それ以上に俺が君と一緒にいたい」  再び私にしか聞こえない声で彼が囁いた。  彼は何をする気なのだろうか。  もし、私を王宮に引っ張るような事をしたら、小説でミーナを取り返しに来たようにレオが戦争を起こすかもしれない。 「あの⋯⋯」 「何もしないで欲しい」と伝えようとしたのに、言葉が続かなかった。 (私、今、アッサム王子に期待しているんだ⋯⋯)  レオとの生活は夢に見た、好きな人に一途に溺愛される生活だった。  でも、外に出る自由を許されず、レオ以外の人間との接触は最小限に制限されている。  私は自分で思ってたより、人が好きな人間だったみたいだ。  前世で小説の中のレオが支えだったけれど、仕事で出会う妊婦さんや赤ちゃんとの出会いも私の支えだった。  職場での愚痴の言い合いも、年に1回しか合わない両親も支えだった。    今頃自分が様々な人に支えられたことに気がついたけれど、今の私はレオ頼りで彼しかいない⋯⋯。 「良い時間だった」  アッサム王子が私から手を離したことで、曲が終わったことを悟る。  私は彼が離れたと同時に急いでレオの元に近づいた。 (他の男と踊らないという約束を破ってしまった⋯⋯怒ってるよね) 「きゃあぁー」  瞬間、真後ろから叫び声が聞こえ振り向いた。  アッサム王子が倒れていて、近くに割れたワイングラスが転がっている。  金髪に隠れて見えないが、アッサム王子の表情が青く見えた。 (ワインに毒が入れられていたの?)  私は思わずアッサム王子に駆け寄った。  顔が真っ青で、息遣いが荒い。  私は彼を助けたい一心で、彼に触れると自分の中の聖女の力を解放した。  瞬間、眩い程の光が彼を包み込む。  アッサム王子の顔色が良くなり、ふわりと私に笑いかける。 (良かった⋯⋯)   「聖女だ⋯⋯聖女様だ!」 「ついに救いの聖女様が現れたぞ! 伝説じゃなかったんだ!」   周囲が騒がしくなり、私はようやっと自分がしてしまった事に気がついた。 「ここの所の不穏な事件が重なった。しかし、聖女が現れたら我がカサンデル王国は安泰だ」  ゆっくりと玉座から降りてきたマシケル・カサンデル国王がゆっくりと私の隣に来る。 「たった今、私は自分の体にリリアナ・マケーリ侯爵の聖女の力が流れるのを感じました。彼女は紛れもなく伝説の聖女です」  アッサム王子は立ち上がり私を抱き寄せながら宣言した。 (聖女の力のことは秘密にするはずじゃ⋯⋯それに、このままじゃレオと一緒にいられなくなる)  私は怖くてレオの表情が見られなくて俯いた。 「カサンデル王国万歳! カサンデル王国に栄光を!」  周囲は拍手喝采の盛り上がりをみせる中、私は世界が歪むのを感じた。 ♢♢♢  ふと、目を開けるとそこは王宮のベッドの上だった。 (建国祭の日に来た部屋の天井と同じ⋯⋯)   「リリアナ嬢、大丈夫か?」  心配そうな顔で見つめてくるルビーのような赤い瞳。 「それはこちらのセリフです。毒を盛られたのですか? 今にも死にそうな顔をしていて心配していたのですよ!」  私の続く言葉を塞ぐように、アッサム王子が口づけしてくる。  私は目を閉じてその口づけを受け止めた。 (彼はやたらとキスしてくるけど、一体どういうつもりなのか⋯⋯) 「リリアナ嬢が助けてくれるという確信があって、毒入りワインと分かってて飲んだだけだ。そんな怒るなよ、怒っても可愛いだけだぞ」  唇が離れると同時に笑顔のアッサム王子に頬をツンツンされた。  体を起こそうとすると、すかさず彼はベッドに腰掛け私の体を支えてくれた。 (毒入りのワインと分かってて飲んだだけ? 私に聖女の力を使わせるためとはいえ危険過ぎる!) 「わざと毒入りワインを飲むなんて2度としないでください」  私は思わず彼の胸を叩いた。 「カサンデル王家には俺に消えて欲しい人間がいるんだ。毒を盛られすぎて、微かな匂いでも分かってしまうようになったよ⋯⋯」  寂しそうな顔で語りかけてくる彼に私は彼の置かれている状況を思い出した。  王妃ナタリア⋯⋯第2王子ルドルフ⋯⋯彼の母親は王宮に入って自分が贅沢をしたかっただけで彼を守らない。  そんな彼を守る存在として現れるのが聖女の力に目覚めたミーナだった。  しかし、今は彼女がどこにもいない。 「あの⋯⋯ミーナ様はどこにいるのですか?」 「ストリア侯爵の元恋人の存在が気になるのか?」 「そうではありません。彼女はあなたを将来的に助けてくれる存在だから気になるのです」  私の言葉の意味などアッサム王子には理解できないだろう。  小説の中で何度もミーナはアッサムの命の危機を助けていた。  今は聖女の力に目覚めたミーナが側にいないから、彼を助けてくれる人はいない。 「君の護衛騎士のカエサルに全てを説明して貰った方が早いだろうな。もう少し君と一緒にいたかったが、ここに呼ぶ事にしよう」  そう言ってアッサム王子がサイドテーブルにある呼び鈴を鳴らす。  ノックをして、ゆっくりと部屋に入って来たのは疲れたような顔をしたカエサルだった。 「カエサル! どこにいたの? 心配したのよ」 「私の心配は無用です。この半年⋯⋯いや、今までの⋯⋯そして、これからの話をさせてください」  カエサルがいつになく真剣な瞳で私を見つめてくる。 「リリアナ様、落ち着いて聞いてください。リリアナ様は異世界から来た方ではありませんか? 私はおそらくあなたの世界に行ったことがあります。私はあなたの世界でシーザーというペンネームで『蠍の毒を持った女』を書きました」  カエサルは今、七海の世界の話をしている。  それを平然と聞いているアッサムが気になって、私は思わず彼の赤い瞳を見つめた。  すると、彼は私の手をぎゅっと握りしめてくれた。 (私が本当のリリアナじゃないってこと、アッサムも知っているってこと?) 「どういうこと? 私は確かにリリアナじゃないわ。私は七海⋯⋯鈴木七海よ⋯⋯シーザー先生の書いた小説のファンだったけれど、あなたも七海の世界の人間なの?」  私は久しぶりに30年間使っていた前世の名前で自己紹介をした。  職場には他にも鈴木という名前の人間がいたせいか、度々「地味な方の鈴木」と呼ばれていたのが懐かしい。 「いえ、私はこの世界のカエサルです。この世界が魔族の手に堕ち、私の命を持って魔術を使い時を戻しました。その代償として七海様の世界に飛ばされた時に小説を書きました」  にわかには信じがたいことを語り出したカエサルをじっと見つめてしまう。 『蠍の毒を持った女』の小説の存在を知っている私でさえ信じがたい事実だ。 「この世界は1度、魔女ミーナの手によって魔族の手に堕ちました。魔族は我々人間に迫害され全滅されたと思っておりましたが、実はひっそりと生きて復讐の機会を伺っていたのです。ミーナは力を持っていたストリア公爵家に王家を攻撃させ打撃を与えました。そこから、バランスが崩れ大戦が起きます。魔族はその混乱に乗じて世界を乗っ取りました。生き残った私は自分の命と引き換えに魔術を使い時を戻しました。代償は自我の喪失⋯⋯私の意識は異世界である七海様の世界に飛ばされたのです」 「その時に書いたのが『蠍の毒を持った女』ってこと? 異世界のあなたが、いきなり書いた小説がベストセラーになるなんてすごいじゃない」 「私は七海様の世界に転生した時、親はベストセラー作家、祖父はメディア界のフィクサーという家柄の一人息子でした。元々本を読むのが好きでしたが、モデルとなる世界があり書いた作品でコネもあったのでヒットしただけです」  カエサルが謙遜しながら照れているのが面白い。  小説『蠍の毒を持った女』が異例に推されていたのには理由があったようだ。   「確かにゴリ押しだったけれど、私は素敵な作品だと思ったわ」  私の読んだ小説が創作で、この世界は本当に存在するという事は合点がいった。  リリアナにしても、本当の彼女は小説の中のような悪女ではなさそうだ。  各登場人物を七海の世界で受けるように書き換えたのだろう。 「リリアナ様についても、とことん悪女に書いてしまい申し訳なかったと思っております。自分自身がこの世界に戻ってくるとは思わなかったのです」 「もしかして、カエサルが戻した時間もうまくいかなくて誰かがまた魔術で時を戻したってこと? もしかして、リリアナが?」  カエサルは私の言葉を肯定するように、ゆっくりと頷いた。   リリアナが時を戻したことにより、彼女は私の世界に飛ばされて、私が彼女の中に入ったということだ。 「待ってよ! 私の世界の私はきっと死んでるわ? 本物のリリアナはどこにいるの?」  おそらくタケルによって、鈴木七海は殺されている。  もし、私と入れ替わるように彼女が私の世界に飛ばされていたとしたらとんでもない事だ。  夢だった小説の中にいることで浮かれていたが、最低男に殺された人生を私以外の誰かに請け負わせているかもしれない事にショックを受けた。  
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