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17.今日はなぜリリアナ嬢がいないんだ?
アッサム・カサンデル、俺は自分を賢い人間だと思っていたが完全に1度目の人生で魔女ミーナにしてやられたらしい。
確かに、俺は魑魅魍魎の渦巻く王宮に住んでる中、漠然と聖女というものに憧れていた。
それでも、下心を持った人間にはすぐ気がつくという自信があったから、ミーナに騙された人生があったという話を聞いた時はショックだった。
その話を俺にして来たのは、リリアナの護衛騎士のカエサルだった。
カエサルはレオナルドがリリアナを連れて行った後、俺に接触して来た。
俺は既にリリアナに好感を持っていたせいか、彼女の信頼する彼の謁見は受け入れた。
「カエサルがアッサム・カサンデル王子殿下にお目にかかります」
彼に人払いをしてほしいと言われ、2人きりで話した内容は信じられないものだった。
彼はマケーリ侯爵邸にあったという古い書物を持ってきて、その中には自らの命と引き換えに時を戻せる魔術があると記してある。
その代償は時が戻った世界で自分自身は存在するが、自分の自我を失っているという事だ。
彼は俺がこの時間を過ごすのは3度目だと言った。
そして、1度目の人生でストリア公爵の恋人であるミーナに溺れ、ストリア公爵が王家に反旗を翻したという。
ミーナは聖女の力に目覚めたと言って、俺に近づいてくるがそれは偽りらしい。
彼女は魔女で、光の魔法と回復魔法を同時発動することで聖女の力を偽造してたという。
確かに俺の暗殺未遂事件の時の彼女のイヤらしい感じを見るに、純粋な心で聖女の力を得られる人間には見えなかった。
それでも、俺は自分が聖女の力を持っているというだけで女に熱を上げて他者への気遣いを忘れるとは思えなかった。
1度目の人生で俺はミーナの言いなりになり、かなり独裁的な政治に舵を切るらしい。
そしてマシケル・カサンデル国王がおそらくミーナにより殺され、彼女の言いなりになった俺も彼女に最終的に殺されていたという。
ミーナを含め魔族の生き残りは3人しかいなくて、3人で世界を堕とすのは難しいと考えたようだ。
それゆえ、人間たちを唆し自滅していくよう各国の要人に近づき唆してたという。
ミーナは担当だったカサンデル王国を手中におさめ、カエサルは命からがら逃げ一か八かで時を戻したと言っていた。
「何を訳のわからない事を、不愉快だ! 帰れ!」
俺は最初にこの話を聞いた時、カエサルを追い返した。
彼がこの話をするメリットなんて何もないと分かっていた。
そして、こんな荒唐無稽な話をする事で無礼だと斬られるリスクも負って話してくれた事も理解できた。
(ただ、自分が女に惑わされて道を踏み外す愚か者と認めたくなかっただけだ⋯⋯)
しかし、しばらくして彼の話を信じるしかないような出来事が立て続けに起こった。
マケーリ侯爵家が火事に見舞われたのだ。
その火を消す為にレオナルド・ストリアが率いる第1騎士団が派遣された。
早馬で火が一向に消えないという知らせを聞いて、俺も現場に駆けつけた。
その火は全てを焼き尽くすまで消えない魔法でもかけられているように消えなかった。
さらに驚いたのは、使用人たちを助け出す騎士団たちが火傷をしても手作りブレスレットのようなものに触れて回復していたのだ。
「それは何だ?」
青髪に青い瞳をした騎士が傷を回復したのを見てすかさず尋ねた。
「アッサム・カサンデル王子殿下にエッセン・リッテがお目にかかります。これはストリア公爵殿下に忠誠を誓った騎士だけが受け取れる秘密のものなので⋯⋯」
秘密と言いながら、言いたくて堪らなそうな顔をしながら手首を隠す。
その手作りのブレスレットは赤と緑の糸で編まれていて、リリアナを思い出させられた。
(治癒の力のあるブレスレットはリリアナが作ったものじゃないのか?)
火事から1週間後、リリアナの父であるマケーリ侯爵の葬儀が行われた。
リリアナに会えると思ったのに、そこに彼女の姿はなかった。
そして、さらに驚くべき事はあの火事の犠牲者はケンテル・マケーリ侯爵ただ1人だということだ。
俺はレオナルドが故意に彼だけ助けなかったことを疑った。
彼は俺とリリアナの婚約を望んでいたからだ。
「アッサム・カサンデル王子殿下に、レオナルド・ストリアがお目にかかります」
喪服に身を包んだ無表情のレオナルドの横には、いるはずの人がいない。
「ストリア公爵、今日はなぜリリアナ嬢がいないんだ?」
「リリアナは体調が悪いので、僕が代わりに喪主をします」
俺は彼は嘘をついていると直ぐにわかった。
リリアナは聖女の力を持っているから、自分の体調など回復できるはずだ。
「その腕のものは?」
レオナルドの腕にも赤と緑の糸で編んだブレスレットがあった。
「リリアナが僕の安全の為に編んでくれたものです。僕はもう彼女と心を通わせています。アッサム王子殿下もご理解ください」
彼が愛おしそうにブレスレットを撫でると、ブレスレットが少し光った。
(間違いない、これはリリアナが聖女の力を込めながら作ったものだ⋯⋯)
葬儀が終わり、王家の馬車に乗り込もうとしたところで疑惑の人物が近づいてきた。
「アッサム王子殿下! 少しお耳に入れたいことがあるのです。殿下のお知りなりたい情報かと思うのですが⋯⋯」
甘ったるい媚びた声、肩までのピンク髪に琥珀色の瞳をした女。
黒いレースのベールを被っていて表情は見えないが、うっすらと口元が笑っているのが見えた。
「ミーナ嬢、馬車の中で話そう。乗るが良い」
俺はぼんやりとカエサルの言葉を思い出していた。
俺が、1度目の人生で彼女に熱を上げて周囲の言葉に耳を貸さなくなったという話だ。
(この程度の女に騙されたとか、気分が悪いな⋯⋯)
「実は私、聖女の力に目覚めたんです」
彼女はそっと俺の手に触れてくると、体が光り力を取り戻していくのが分かる。
「そうなのか。じゃあ、このハンカチーフに力を蓄積してくれないか?」
サッと胸元のポケットから白いハンカチを出して彼女に差し出した。
魔女の回復魔法と聖女の力の違いは、おそらく物に治癒の魔力を蓄えられるかだ。
「そういった事はできないのですよ」
「そうか、ではそれは聖女の力ではなく、魔女の力だな。魔族は絶滅したはずなのに、紛れ込んでいたとは」
サッとミーナの顔色が変わる。
俺は逃げられないように、彼女の手首を強く握った。
「アッサム王子殿下、意外と乱暴ですのね。殿下はリリアナ嬢が気になっているのですよね。今、彼女がどうしているか知ってます? 婚前前だというのに、毎晩のようにレオナルドと獣のように戯れあってますわ」
ケラケラとミーナが笑い出したかと思うと、彼女は姿を消した。
(瞬間移動魔法も使えるのか⋯⋯厄介だな)
ふと頭の中で、ベッドの上でリリアナとストリア公爵が激しくまぐわう姿が思い浮かぶ。
俺はそっと首を振って、自分のするべき事の邪魔になる妄想をかき消した。
ミーナは聖女として俺に取り入る事に失敗した。
次に彼女がやろうとしているのは、俺とストリア公爵を仲違いさせる事だろう。
自分でも薄々気がついていたが、俺がリリアナに好意を持っている事がミーナにもバレてしまっていたらしい。
ミーナは俺にレオナルドからリリアナを取り上げるように唆している。
そして、最強と言われる第1騎士団が回復アイテムを持っている以上、攻撃されたら王家の方がやられかねない。
今は国家陥落を狙う魔族たちに、力を合わせて立ち向かう時だ。
王族として、恋だの愛だのに気を取られるよりも国を守ることを優先するべきだろう。
(俺がリリアナに惹かれる気持ちを押さえて、レオナルドと友好的な関係を築けば⋯⋯)
俺はレオナルドから遠ざけられ行き場を失っているカエサルを呼んだ。
「君の話を信じる。カサンデル王国を守る為に俺と協力してくれ」
「仰せのままに⋯⋯」
俺とカエサルは王国を守る為に、来るべき時の戦いに備え始めた。
そして、迎えた俺の誕生日。
まさか、リリアナが来るとは思っていなかった。
彼女の水色に銀糸を纏ったドレスはレオナルドを想起させた。
まるで、彼に彼女は自分のものだと言われているような気になった。
気がつけば、俺は入場してきた彼女に跪きダンスに誘っていた。
彼女を手に入れる為に、自ら毒入りと分かった上でワインを飲んだ。
(リリアナなら必ず聖女の力を使って俺を助ける⋯⋯)
予想通り彼女は聖女の力を使い、聖女として王宮が身柄を預かれるようになった。
聖女の力を一気に使ったのか、リリアナはその場に倒れた。
俺は睨みつけるレオナルドをつい睨み返してしまった。
彼と友好関係になった方が良いのに、リリアナを取られたと思ったら感情的になってしまった。
俺は必死に自分に言い訳をした。
今のリリアナは自由がない生活をしていて幸せではないに違いない。
自分の方が彼女を幸せにできると自分に言い聞かせた。
俺の行動にカエサルは疑問を持っていながらも、特に尋ねないでいてくれた。
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