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18.レオが挙兵して私を取り戻しにくるんじゃ。
「七海様⋯⋯リリアナ様はずっと死を望んでいた方でした。家のせいで悪女と罵られても、人を恨むことなく1人消えゆくことを願ってました⋯⋯」
確かに、リリアナの日記には彼女のそのような願望が書いてあった。
彼女が死を望んでいたかどうかよりも、彼女の清らかな心が誰にも理解されなかったのが悲しかった。
リリアナは周囲から悪女のように罵られながらも、最期は自分の命を使って皆を助ける選択をしたのだ。
(自分を非難をしていたような人たちを、自分の命を犠牲にして時を戻して助けようとするなんて⋯⋯)
私が聖女の力を得たのは、そのような清らかな精神を持っていたリリアナの肉体が引き寄せたものだったのではないだろうか。
(私の推しのレオに対する純粋な想いが引き寄せた力だと思っていたけれど⋯⋯)
「リリアナ嬢はいつも苦しそうにしてたな⋯⋯」
アッサム王子が苦しそうに顔を歪めた。
「カエサル⋯⋯あなたがリリアナが時を戻した事で元の世界に戻ってきたのなら、また誰かが時を戻したらリリアナはこの体に戻ってくるのかしら?」
「時を戻すには魔法陣をかかなければなりませんが、古書を保管していたマケーリ侯爵邸が燃えてしまい再び時を戻すのは難しいかと⋯⋯」
私はマケーリ侯爵邸が火事にあったことも今知った。
その火事でマケーリ侯爵は亡くなったと言うことだろう。
(どうして、レオは何も教えてくれないの?)
「それにしてもアッサム王子殿下は、よくこんな途方もない話を信じてますね。それに、あんなに可愛らしいミーナ様に惚れなかったのですか?」
カエサルと私は七海の世界という共通の知識がある。
しかし、何も知らないアッサム王子がこの話を信じているのが驚きだった。
『蠍の毒をもった女』が1度目の人生でカエサルが経験した事をモデルにしてかかれたのであれば、アッサム王子はミーナに首ったけになる。
「あんな女になんか惚れないよ。無礼なことを言ったから、これは罰だ」
アッサム王子が私に軽く口づけをしてくる。
(やっぱり、プレイボーイ! 私、このタイプには免疫がない!)
妙に照れてしまい、私は彼から目を逸らした。
『蠍の毒をもった女』がカエサルの創作だから、登場人物は同じでも微妙に性格が違うのだろう。
私はこの半年でレオがエロい上に、どれだけ粘着質な性格をしているかを思い知らされている。
(小説の中のレオは硬派で純情だったわ⋯⋯)
「私がここにいると、レオが挙兵して私を取り戻しにくるんじゃ」
「そうだな⋯⋯君が作った回復アイテムもあるし王家は負けるかもな」
アッサム王子が膨れっ面で私の頬をツンツンしてきた。
「じゃあ、王宮の騎士にもミサンガを編みます!」
「あのアイテムはミサンガというのか⋯⋯不死の騎士団同士が戦いあって、カサンデル王国は焼け野原になりそうだな」
アッサム王子の言う通りだ。
(じゃあ、どうすれば⋯⋯)
「王宮に通う聖女ということで、私がレオの元に戻るのはどうでしょう」
「ストリア公爵と愛称で呼び合う程仲良くなったのか、俺も君をリリィと呼ぶかな。君もアッサムと呼んでくれ」
アッサム王子が不貞腐れながら言う言葉の意味が理解できない。
(こちらが真剣に今後の対策を話しているのに茶化されている気がする)
ミーナたち魔族の目的が世界征服ならば、周辺諸国を制圧しカサンデル王国を後回しにすれば良いだけだ。
内輪で揉めあってないで、周辺諸国と連携をとり魔族と戦わないと未来はないだろう。
「無理です。アッサム王子殿下⋯⋯」
他の男を呼び捨てにしているところを聞かれたら、レオがヤキモチを焼くのは目に見えていた。
レオは思っている以上に感情的で独占欲に強い男だ。
彼を刺激するのは良くないと、私も最近は疑問に蓋をし彼に可愛がられるだけの女になっていた。
トントン。
「アッサム王子殿下、大変です。王城が第1騎士団に囲まれています。ストリア公爵より、武装を解くのは婚約者の返還が条件との通達がございました」
突然現れた緑色の軍服の王宮の騎士は相当焦っているように思えた。
「私、倒れてからそんなに寝ていたんですか?」
私はアッサム王子の誕生日会の途中で倒れたはずだ。
「いや、一晩寝て、まだ夜明け前だ⋯⋯ストリア公爵家は、もう王家を敵に回すのか⋯⋯判断が、早すぎだろ」
「さすがストリア公爵ですね。昨晩のパーティーの後で今日は非番の騎士も多いですし」
「代々ストリア公爵家は商売は下手だけど、武人としては最高だよな」
2人が驚きながらも、どこかのんびりと会話をしてるので呆れてしまう。
「では、私はレオのところに行きますね」
レオの要求は私なのだから、私が出ていけば済む事だ。
立ちあがろうとすると、手首を掴まれる強い力を感じた。
「リリアナ! 行くな、俺が交渉する!」
アッサム王子から急に呼び捨てにされて、心臓が跳ねた。
思わずじっと見つめてくる彼の美しいルビーのような瞳を見つめ返していた。
パッパラパー!
急にラッパの音のような音が聞こえて、外が騒がしくなる。
「アッサム王子殿下⋯⋯何か始まったんじゃ⋯⋯」
バン!
急に寝室の扉が開いたと思うと、黒髪に赤い瞳にカーキ色の礼服をきた青年が入ってきた。
「兄上! 早くリリアナ嬢を渡してください! ストリア公爵率いる第1騎士団は城門を破って、すぐにでも城の中に入ってきます。体制の整ってない現状では王城が堕とされるのは時間の問題です」
彼は第2王子ルドルフ・カサンデル、王妃の子にも関わらず次期国王になれない事でアッサムを嫌っている男だ。
夜明け前のこの時間⋯⋯ほぼ、奇襲のような攻撃に王家はなすすべがないようだった。
「今、行きます!」
私が一歩踏み出そうとすると、腰に思いっきりアッサム王子がしがみついてきた。
「ダメだ! 行かせない! それにしても、ストリア公爵はせっかちだな。城門を護衛した騎士はみんなやられてしまったのか⋯⋯」
アッサム王子の言葉に私はレオが人を殺したのではないかと怖くなった。
(マケーリ侯爵もレオが殺したんじゃないよね⋯⋯騎士たちも死んでないなら⋯⋯私の聖女の力で治療ができる)
「兄上が聖女に憧れを抱いてたのは知ってます。確かに、昔は聖女は王族と結婚していました。しかし、聖女が必ずしも王族と結婚しなければいけない訳ではありません。ストリア公爵が要求しているのはリリアナ嬢だけです。彼女が手に入れば王家に忠誠を誓うと言っています」
ルドルフ王子の言葉に、これまでのアッサム王子の行動が腑に落ちた。
彼は1回目の人生でも聖女の力を持っているだろうミーナに恋した。
今回、私に勘違いさせるような行動をとっているのも私が聖女だからだろう。
(私だからじゃない、聖女だから優しくしてくれてたのか⋯⋯)
なんだか虚しい気持ちになり、私は腰に巻かれていアッサム王子の腕を解こうとした。
しかし、余計に拘束はキツくなった。
「アッサム王子! 離してください。私が行けば攻撃は終わるんですよね。それに、一刻も早く傷ついた騎士が手遅れになる前に治療に行きたいのです!」
「リリアナ! これだけは忘れないでくれ! 俺が好きなのは聖女じゃない、君だ! 俺を身を挺して助けてくれた勇敢なところも、膝枕してくれて俺を撫でてくれる優しいところも、徹夜でダンスを頑張るところも好きだ!」
真っ直ぐに体を貫かれそうな程、良く通る声でされたアッサム王子の告白にときめいたのは一瞬だった。
開け放たれた扉には、白い軍服が赤く染まりそうな程に返り血を浴びたレオが立っていた。
私と2人でいる時には見せない、恐怖を感じるくらい冷たい彼の表情に私は硬直してしまった。
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