2.私、レオナルド様の側にいたいの。

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2.私、レオナルド様の側にいたいの。

 私はカサンデル王国のセントメール広場まで馬車を走らせた。  1人で行きたいと主張したのに、ある護衛騎士が強引についてきた。  リリアナに取り立てて貰った事に恩義を感じ、何でもいう事を聞くカエサルだ。  彼は茶髪に灰色の瞳をしていて、こざっぱりとした顔をしている。 「リリアナ様、後頭部から血が出ております。今すぐ止血を」 「放っておいても、大丈夫よ。あんまり痛くないし赤髪だから目立たないでしょ」  後頭部の怪我に痛みはなく私は気にしていなかった。  しかし、心配そうにするカエサルに強引に包帯を頭にぐるぐる巻きにされてしまった。 「よし、到着!」  馬車が止まると、カエサルがエスコートしようと出していた手を放って飛び降りてしまった。 「ごめんなさい! 私⋯⋯」  貴族令嬢としての振る舞いを気をつけた方が良いかもしれない。 (婚約者の私の悪評がたったら、レオナルド様に迷惑をかけるわ⋯⋯) 「リリアナ様が謝罪されることは何1つありません」  何事もなかったようにカエサルがまた手を差し出してくれる。 「優しい! あなたって素敵な人ね!」  思わず私が発した言葉に彼は目を丸くした。  護衛騎士を褒めるのは不自然だっただろうか。    広場に着くと中央に聖女像が立っていた。  周囲は高級そうな宝飾店がひしめき合っている。  カサンデル王国は関税も安く、ここはいわゆる観光地になっている。   ここにある聖女像に触れた瞬間、ミーナは聖女の力に目覚めるのだ。  今は伝説となっている治癒能力を持つ聖女の力は、聖女が悪人に奪われないようこの像に封印したらしい。  純粋な心を持った人が触ると、その力が付与されるとされている。  聖女像は観光客や色々な人に触れられてツルピカになっていた。 (塗装も剥げてしまっている程触れられているのね⋯⋯)  聖女像の前には触れたいと思う人たちが行列を作っている。 「カエサル! 私たちも列に並んでみよ! ここは聖地よ!」  小説で読んでいた場所に来た私はとても興奮していた。  円形をした広場にトグロのように作られた列の最後尾に並ぶ。 「リリアナ嬢! どうぞ、お先に⋯⋯」  列の最後尾に並んだのに、どんどん前に押しやられた。 「あの⋯⋯私、並ぶのも醍醐味だと思っているから並びたいんだけど⋯⋯」  私がいくら言っても誰も聞いてくれない。   リリアナの家が力を持ち過ぎていて、彼女が自分の後ろに並ぶのが怖いのだろう。  流されるままに列の先頭に来て、聖女像に触れることになった。 「金の亡者で、意地悪な悪女が、良くも聖女像に⋯⋯」  その時、ふとリリアナに対する陰口が耳に入った。 「貴様! 無礼な!」  カエサルが剣を抜こうとしたので、私はそっとその手を止めた。 「みんな口に出さないだけで、思っていることよ。それに、私たとえ悪評でも自分を見ていてくれる人がいるのが嬉しいの」  私の言葉にカエサルが何とも言えない顔をした。  でも、これが私の偽りざる本音だ。  私は昔から影が薄く、あまり覚えられない特徴のない子だった。  同窓会に行っても、私ばかりが相手を覚えていて寂しい思いをした。  本の世界に入ったりしたら、名前のない役になっていそうな私が悪役令嬢になれたのだ。 「じゃあ、触るね」  私は神聖な聖女像に恐る恐る指先で触れた。  その瞬間目が潰れそうな程、眩しい光に包まれた。 (嘘⋯⋯これ、聖女の力授かった合図だ⋯⋯)  それはミーナが聖女の力を授かった時に起こった現象だった。  聖女の力を授かってしまうと、国の繁栄の為に王宮に連れてかれる。  ミーナはそこでアッサム王子に惚れられてしまい、彼の婚約者になった。  そもそも、この国では聖女は王子の運命のお相手のように語り継がれていた。 「え、今の光って⋯⋯」  周囲がざわめき出す。 (もしかして、私に聖女の力が授けられたの?)  私の純粋なレオナルド様への気持ちが評価されたのだろうか。  しかし、今はここから逃げた方が良い。 「カエサル、そのマントを貸してくれる?」  カエサルが戸惑った顔で紺色のを貸してくれた。  私はそれを頭から被り馬車へと急ぐ。  馬車に乗り込む時に、ついて来たカエサルの腕を引いて無理やり隣に座らせた。 (相談したい⋯⋯予想外のこの状況をとにかくカエサルに相談しよう) 「マケーリ侯爵邸に急いでください!」  私の言葉に、御者が馬車を走らせる。 「リリアナ様、先ほどの光は⋯⋯」  マント越しにカエサルの声が聞こえて、私は顔を出し彼の口を手で塞いだ。 「聖女の力⋯⋯得てしまったかもしれないわ。この力があると王宮にしょっ引かれるから気をつけないと⋯⋯」 「しょっ引かれるって⋯⋯確かに、リリアナ様に触れられた部分から力が漲る感じがします」  無表情だったカエサルがふっと柔らかく笑ったのが見えた。 「絶対に、この力のことは誰にも言わないでくれるかしら。私、レオナルド様の側にいたいの」  リリアナはレオナルドの愛は得られないが、彼の側に一生いられる権利を持っている。  それは、私にとって絶対に手放したくない権利だ。 「リリアナ様? ストリア公爵殿下のことがお好きだったのですか?」 「好きとかそんなレベルの話ではないよ。レオナルド様は私の生きる希望であり、私の全てよ」  私の言葉にカエサルが目がこぼれ落ちそうな程に驚いた顔をしている。  確かに小説のリリアナはレオナルドに対して特別な感情を抱いていない。  ただ、レオナルドが身分の低いミーナに夢中なのが面白くなくて嫌がらせをしていただけだ。  しかし、私にとってレオナルドは唯一無二の存在だ。 「大丈夫です。決して聖女の力のことを口にはしません。あの場で何人かに光を見られてしまっている気がしますが、口止めしますか?」 「口止めは不要よ。そんな事をしたら、かえって怪しまれると思うわ。それよりもカサンデル歴621年の建国祭はいつから?」  ミーナと男主人公のアッサム・カサンデル王子の出会いのイベントは建国祭初日のパレードだ。  そのパレードで、アッサムは現政権に不満を持つ革命軍が雇ったであろう暗殺者に刺されてしまう。  倒れたアッサムを聖女の力で回復させるのがミーナだ。 「明日の午後からですよね。パレードを見たいのですか?」  カエサルと一緒にパレードを見に行って、アッサム王子を革命軍の魔の手から救った方が良いだろう。  ミーナはパレードの前日に、聖女像に触れて聖女の力に目覚める予定だ。  もし、私が触れてしまった事でその力を彼女が得られなかったらアッサム王子が死んでしまう。 「うん。一緒に来てくれる?」 「ストリア公爵殿下をお誘いにはならないのですか?」  私はカエサルの言葉にゆっくりと首を振った。  原作で、リリアナはレオナルドを誘うけれど断られてしまう。  レオナルドはミーナと建国祭を楽しむ約束をしているのだ。  そして、2人でパレードを見ている途中にアッサム王子暗殺未遂事件が起こる。  ミーナが血だらけのアッサム王子に駆け寄るのが、アッサム王子とミーナの恋の始まりだ。  それと同時にミーナとレオナルドの別れを示すエピソードでもある。  それ以降、アッサム王子に見初められたミーナはレオナルドを振り向きもしない。 「誘わないよ。断られるのが分かっているから⋯⋯」  それ以上の言葉を続けられなかった。  原作通りだとミーナはそれ以降、王宮暮らしになる。  彼女はアッサム王子のレオナルドにはない奔放でグイグイな雰囲気に惹かれ彼を愛するようになる。 (どうして、レオナルドの一途さと、誠実さに魅力を感じてくれないのよ) 「リリアナ様、いつかレオナルド様の気持ちを得られますよ」  カエサルが慰めるように静かに私に囁く。  しかし、私はそんな時は来ないことを知っていた。 (私がレオナルドの恋を叶えてみせる!) 「私、レオナルド様の気持ちなんていらないの。ただ、彼を幸せにしたいだけなのよ」  馬車の窓から差し込む光で赤くなるカエサルの顔が切なそうだ。  私の願望は寂しい女のものに見えるのだろう。  一級レベルのレオナルドオタクの私は推しが笑っていればそれで良い。  だから、私は彼の幸せの為にレオナルドの恋を叶えたい。 「明日は、国一番の美形アッサム王子を見に行くよ! 美しいものを見ると元気になるからね」  私はカエサルに笑顔になって欲しくて満面の笑みを作りながらいった。
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