20.ちゃんと結婚しよ。

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20.ちゃんと結婚しよ。

「毒が入っていると分かってて飲んだ? 兄上は馬鹿なのか? いや、そこまでしてということか⋯⋯君も兄上が好きなんじゃないのか? ストリア公爵の元に行くよう言った僕が言える立場ではないが、君はこのままで良いのか?」  ルドルフ王子は、なぜ私がアッサム王子が好きだと思っているのだろう。  確かにアッサム王子は私を度々ときめかせる。  彼くらいのイケメンに優しくされたら皆少しは恋心を持つ気がする。    膝枕を強請ってきたり、年下の男の子の可愛さってこういう感じなのかと思ったりした。  前世では周囲から年下の良さを熱弁されても心が動かなかった。  しかし、時に甘えてきたり、急に頼りになったりする彼は聞いていた年下の男の子の良さを詰め込んだような子だった。 (この世界では、私が年下だけどね⋯⋯)    私が唯一恋をしていたとはっきり言える相手は、小説の中のレオナルド・ストリアだ。  彼のことを考えるだけで、嫌な事があっても元気が出た。  彼のセリフを何度も読み返しては、ドキドキしたものだ。 (本物のレオは思っていた人とは違ったな⋯⋯)   「私が好きなのはレオナルド・ストリアですよ」  私は立ち上がって、次の倒れている騎士の元に行こうとする。  そっとルドルフ王子は私を支えてきた。 「君がそう言うなら、そうなんだろう。わざと毒を飲むくらいの気持ちを兄上が我慢できることを願うよ。毒を盛ったのは母上だ。母上は僕に王位を継がせたいが、僕は兄上を支えたいと思ってる。でも、女欲しさに毒を飲む君主はどうかと思うけどね」  ルドルフ王子は私にしか聞こえないような囁き声で言う。  彼は笑顔を作っているけれど、心が泣いているのが分かった。  彼は兄弟で争いなんかしたくないのに、母親がアッサム王子に毒を盛ったと思って苦しんでいる。  私は思わず、ルドルフ王子を元気づけたくて彼の胸に手を押し当て聖女の力を込めた。  その瞬間、私の世界が歪んでいった。 ♢♢♢  目を開けるとそこには、私の大好きなレオの顔があった。  キラキラ光る銀髪に澄んだ空色の瞳⋯⋯そこには隠しきれない疲れが見えた。 「リリィ⋯⋯良かった⋯⋯2日も君が目覚めないから、どうなることかと」  レオが私の骨が折れそうな程強く抱きしめてくる。  ふと自分の格好を見ると、ひらひらレースのスケスケの寝巻きを着ていた。 (本当に自分の感情と欲望に正直な人⋯⋯エロ男め⋯⋯)  どうやらここは、私が半年間過ごしたストリア公爵邸の部屋のようだ。  レオは小説の中では硬派で一途なイメージだった。  でも、実際はこちらが恥ずかしくなるくらい欲望を隠さない正直で真っ直ぐな人だ。  私は理性的になってしまう自分とは真逆な部分を持つ彼を愛おしく思っていた。   「あと、7人の負傷兵を助けられていなかったわ⋯⋯」 「大丈夫だよ。王宮の医師が治療したから、全部自分で背負わないで⋯⋯」  私を抱きしめてくるレオの体温が薄手の寝巻きから伝わってくる。 「マケーリ侯爵を殺したのはレオなの?」  私はあれ程に躊躇なく人を斬れてしまう彼なら、目の上のたんこぶのマケーリ侯爵も殺すのではないかと思った。  ずっと疑いがあった事だが、彼に聞くことはできなかった。 「マケーリ侯爵は火事で亡くなった。火をつけたのは、おそらくミーナだが助けなかったのは僕だ⋯⋯」 「ミーナが魔女だって話は聞いた?」 「僕は最初からミーナを愛してはいない。だから、彼女のこと何て考えないで僕のことだけ考えてくれないか」  私が彼の元カノに嫉妬したとでも思ったのだろう。  レオは切なそうな目で私を見つめてきた。  彼が私を好きなことなんて十分過ぎる程に伝わっていた。  彼の独占欲と執着愛に恐怖を覚える程だ。 「マケーリ侯爵邸に行きたい⋯⋯着替えるから出ていってくれる?」  私の洋服も選んで着せたがるレオをあえて遠ざけた。 「リリィ⋯⋯自分でも何でこんなに君に狂っているのか分からないんだ。ただ、僕は僕の為に生まれて死にたいとまで言ってくれた時の君にまた会いたい」  レオは、寂しそうに一言残すと部屋を出ていった。  私がこの世界に来た時にレオに対して持っていたのは無償の愛だった。 (自分を置いて心中した両親を持つレオ⋯⋯愛に飢えてるのね⋯⋯)  リリアナが元々持っていた黒色の飾り気のないドレスに1人着替える。 (非難され苦しみながらも、人の為に自分の命を捧げたリリアナ⋯⋯)  赤いウェーブがかった艶髪に透き通るような白い肌、目を奪われるような印象的な緑色の瞳。  誰もが羨む見た目と、財力を持ちながら、心無い声に耐えられない程に繊細で純粋だった子。  リリアナに思いを馳せるほど、私は彼女こそ幸せにしたいと思う。 (無垢な赤子を抱いた時の母親ってこんな気持ちなのかしら⋯⋯)  前世で何度も出産に立ち会ってきた。  どんなバックグラウンドがあっても、母親は赤子を見ると愛おしくて幸せで仕方がないという顔をするのだ。  部屋から出るとカエサルとレオが立っていた。  どうやらレオはカエサルが私の側にいることを許してくれたようだ。 「レオ⋯⋯ありがとう。カエサルが側にいる事を許してくれて。聞いたと思うけれど、カエサルは私の世界を知っている唯一の人なのよ」  私の言葉を聞いてレオが困ったような笑顔をする。  マケーリ侯爵邸へ行くまでの馬車の中、レオも私も何も言葉を交わさなかった。  馬車が止まると、レオが先に降りて私に手を差し出してくる。  高めの体温の彼の指先に手を重ねて、馬車を降りた。    目の前に広がっていたのは、灰になって跡形もなくなったマケーリ侯爵邸だった。  風が吹くと灰が舞い上がり、視界が悪くなる。  喉に灰が少し入ったのかチリチリと痛い。  私はリリアナの部屋で彼女の悲痛の叫びのような日記を読んだのを思い出した。 「リリィ⋯⋯泣かないで⋯⋯君を不幸にしたい訳じゃないんだ。ただ、君が好きで君にも僕をあの時みたいな目で見て欲しくて⋯⋯」  私は泣いていたようで、レオが私の頬の雫を指で掬っている。   「マケーリ侯爵が私とアッサム王子を結婚させたがってたから助けなかったの?」  私の言葉にゆっくりと頷くレオの瞳は揺れていた。  彼は本当に恋をすると周りが見えなくなってしまう男だ。  私の想像を超える熱量で、私を独占して愛したいと言うのは痛い程に伝わってきた。   「アッサム王子殿下と結婚なんかしないよ。私はレオの側にいる。だけど、もっと私を信じて欲しい」  私は彼に、今、ずっと思って言えなかったことを伝えている。  思えば、今すぐにでも結婚していたいと結婚式の話ばかりしていたレオがその話をしなくなった時にマケーリ侯爵は亡くなったのだ。  喪中ですぐに結婚ができなくなったのだろう。  会話の変化にも気がついていたのに、聞いた事がないような甘い言葉に酔わされ疑問は消えていってしまった。  半年間、レオは私をストリア公爵邸に監禁し明らかに他の男に合わせないようにしていた。  いくら何でもやり過ぎだと思っていたのに、レオの不安が伝わってきて中々外に出たいと言えなかった。 (私もレオのことは好きだ⋯⋯彼の愛を嬉しいと思う時だってある⋯⋯) 「君がアッサム王子殿下を好きだとしても、僕には君の恋を応援するなんてこと言えないんだ⋯⋯」 「私が好きなのはレオだよ。その気持ちは変わってない」  ルドルフ王子もレオも、私がアッサム王子を好きだと疑う。  アッサム王子が魅力的だから、それも仕方がないのかもしれない。 「レオ⋯⋯私が今一番幸せにしたいのは、この体の主だったリリアナなの。そして、私が愛おしいと思っているのは、私の事を大好き過ぎて間違ったりしちゃうあなたよ。レオみたいな人、放っておける訳ないじゃない。カサンデル王国を守ったら、ちゃんと結婚しよ」  私は目の前のレオに初めて自分から抱きしめた。  レオはそんな私を強く抱きしめ返した。    
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