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21.110番通報してください!
「あ、あれ?」
目を開けると、あたりが騒がしい。
ここはタケルと食事をしていた高級レストランだ。
胸に手を当てると薄っすらと血が滲んでいる。
目の前には衝動的に私を刺した事で動揺するタケルがいた。
よく考えれば食べ物ナイフごときで死ぬ訳がない。
そして、根っからのオタクの私は普通の人より発達した脳を持っている。
どうやら一瞬気を失った時に走馬灯の代わりに、推しのいる世界に入り込んだようだ。
「お、お客様」
狼狽えたように話しかけてくるボーイに私は強く言った。
「110番通報してください! 私、今、彼に殺され掛けました」
私に指を刺すと、タケルは激しく動揺した。
「ま、待てよ。だって、お前が浮気したとかいうから」
「浮気しまくったのはあんたでしょ」
普段、ヘラヘラと彼の浮気を許してきた私の剣幕に彼が一歩引く。
「警察呼ぶとか嘘だろ? 俺たち結婚するのに⋯⋯」
「結婚なんてする訳ないだろ。この犯罪者が。目撃者もいるはずだよ。私を刺した場面を見てた人、手を挙げて!」
周囲の人が手を挙げる。
(今、人生で1番注目されているわ⋯⋯)
皆、ドレスアップしていて、今日この時間を楽しみにしていたようだ。
「皆様、このような素敵なレストランで騒ぎを起こして申し訳ございませんでした」
咄嗟に、頭を下げる。
「いや、鈴木さんは悪くないでしょ。それより、ちゃんと止血しなきゃ」
すらっとした背の高い男性が私によってくる。
黒髪にメガネをかけて大人っぽく優しそうな印象だ。
おそらく傷は浅い。
位置が胸の辺りだからか、彼はハンカチを渡して来た。
「えっ? あの、なんで私の名前⋯⋯」
「俺、そんなに影薄いかな。仙崎総合病院で医師を務めてます。仙崎宗太郎と申します。」
「あっ? もしかして外科の先生ですか? 外科病棟でお見かけしたことがあるような⋯⋯」
私の勤めている産科のある病棟から離れているが、彼を見かけたことがあるような気がした。
「ふふっ、直接話したこともあるんだけどな。鈴木さんはいつも患者さんのことで頭がいっぱいで一生懸命だから忘れちゃったかな」
「す、すみません⋯⋯」
「じゃあ、一応傷の確認も兼ねて病院に行こうか」
仙崎さんは私を支えるように腰に手を回してきた。
スマートで自然な動作だが、ビクついてしまう。
(なんか、仙崎さんってアッサム王子に似てるかも⋯⋯)
「ちょっと、待てよ」
タケルに後ろから肩を掴まれそうになるが、仙崎さんが彼の手を捻り上げた。
「ほら、警察来たよ。君はあっちだろ」
レストランに警察が到着したのが見えた。
「えっ? まじかよ。七海、ちょっと喧嘩しただけだって説明してくれよ」
当たり前のように私を頼ってくるタケルにため息が漏れた。
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