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3.私のくびれを見ましたか?
後頭部の傷も手で触れると、聖女の力である治癒の魔力が働いたのか直ぐに治った。
どうやら私は本当に聖女の力に目覚めたようだ。
翌日、私はアッサム王子とミーナの愛の物語のはじまりの地にカエサルと向かった。
カサンデル歴621年の建国祭のパレードだ。
私は予定通りアッサム暗殺未遂事件の起きるマルスル通りの玩具屋の曲がり角にカエサルといた。
ちょうど、私たちから見えるところにレオナルドとミーナが寄り添いながら笑い合っている。
「パレードの観覧場所を変えましょうか⋯⋯」
カエサルが私の心情を心配して語りかけてきた。
私がレオナルドとミーナが一緒にいるところを見て傷つくと思っているのだろう。
「ここじゃなきゃ駄目なのよ。それに私はレオナルド様が笑っていれば、それで幸せなの」
私の言葉にカエサルが切なそうな目を向けてきた。
本心からの言葉なのに、婚約者であるレオナルドが他の女といるのだから同情されているのだろう。
「ほらっ! 先頭の王宮の騎士たちが来たわよ。カエサルもいつか王宮で勤めたいとか野望はあるの?」
「私はずっとリリアナ様に仕えます。あなたの幸せが自分の幸せです」
まるで愛の告白をするかのように真剣に伝えられた言葉に、時が止まったような感覚を覚えた。
原作の中では一回名前が出てきたくらいのリリアナの専属護衛騎士カエサルはかなり忠誠心が強いようだ。
「ありがとう。そんな風に思ってくれる人がいるなんてリリアナは幸せね」
私は七海時代、外でも家でも忘れられやすい存在だった。
3姉妹の末っ子に生まれた私は予想外に生まれた存在で、期待も失望もされず育てられた。
外でもモブ顔で大人しい性格のせいか、人にあまり覚えられることはなかった。
(私の幸せが自分の幸せ? そんな風に私を特別に思ってくれる人がいるんだ⋯⋯)
感傷に浸りながら、灰色のカエサルの瞳を見つめていると一際大きな歓声が聞こえた。
「アッサム王子殿下万歳! カサンデル王国に栄光を!」
周囲が大スターが見えたことで沸き立っている。
太陽の光が差し込んで眩く光る金髪に、ルビーのような赤い瞳をしたアッサム王子は真っ白な礼服を着ていた。
一目で彼こそが物語の主人公であるようなオーラに圧倒された。
白馬にまたがる彼は本当におとぎ話の王子様のようだ。
ふと、ミーナの方を見ると彼女もアッサム王子に見惚れているのが分かる。
(いやだ⋯⋯隣にいるレオナルド様を見てよ⋯⋯)
私はレオナルドの切ない顔を確認するのが怖くて見られなかった。
その時、黒い装束を纏った暗殺者がアッサム王子に近づくのが見えた。
(ミーナは聖女の力をちゃんと得たのよね?)
満面の笑顔でこれから刺されるとも知らないアッサム王子。
私は気がつけば飛び出してた。
(刺されるのが分かってて、放っておけるわけない!)
「リリアナ様ー!」
カエサルの声が遠くに聞こえる、周囲が大騒ぎしている声が小さくなっていく。
その中に愛おしいレオナルド様が私を呼ぶ声が聞こえた気がした。
(あ⋯⋯私、刺されたんだ。この肉を抉られる感触⋯⋯初めてじゃない)
私は、意識を手放した。
♢♢♢
「リリアナ嬢、目覚めたか。暗殺者に刺されたんだ。君が守ってくれなかったら俺は危なかった。でも⋯⋯どうして⋯⋯」
目を開けると目の前にアッサム王子がいる。
「暗殺者? 気がつきませんでした。実は知り合いを見つけて通りを横切ろうとしたんです」
「通りを横切る? パレード中に?」
つい、厳しい言い訳をしてしまった。
聖女の力を隠したいのと、人が刺されるのを見ていられなくて咄嗟に彼を庇ってしまったのだ。
「無礼なことをして、申し訳ございません。私、手打ちにされますでしょうか⋯⋯」
「いや⋯⋯そんなことは。君はいつも同じ護衛騎士と一緒にいるんだね」
アッサム王子は小説ではリリアナとあまり接点はなかった。
しかし、彼女がいつもカエサルといるのをよく見かけているようだ。
「私を心配して、話をよく聞いてくれる方ですので⋯⋯」
「俺も君の話を聞くよ⋯⋯」
彼がベッドに腰を掛けて頭を撫でてきた。
私は、驚きのあまり硬直してしまった。
(美しい男からのスキンシップは慣れてない⋯⋯)
この世界に来て、2日だけれどもリリアナを1番心配しているのはカエサルだと思っていた。
私が言葉を発しようとすると、耳を傾けてくれる。
元の世界でも、そんな人間は1人もいなかった。
アッサム王子はミーナと恋仲になるまでは、プレイボーイだった気がする。
リリアナも色気のある美女だから、距離を詰めようとしているのだろう。
(なんかピンク色の良いムードになってきた気がする⋯⋯落ち着かない⋯⋯)
その時、ノック音と共に踊り子の服を着た長い薄紫色の髪を靡かせた女が入ってきた。
「あら? その子、起きたんじゃない。なら、もう良いでしょ。アッサム王子殿下ってば、いつまで待たせるの?」
シャラシャラと長い簾のようなドレスから太ももが覗いている。
彼女の薄紫色の腰まで届くウェーブ髪が誘惑するように揺れた。
「アッサム王子殿下! 私は大丈夫です! この通り元気なので、太ももが待ってます!」
「太ももって⋯⋯何、言ってるんだよ⋯⋯」
アッサム王子はなぜか吹き出しそうになっている。
ミーナと付き合う前の彼は毎日女遊びをする自分を虚しく思い悩んでいるはずだ。
(怪我人の私の前で、元気なフリをしているんだ!)
「アッサム王子殿下⋯⋯虚しく思う時も無意味な時間ではないと思うんです。出会いにも、何でもない時間にも必ず意味はあります」
私は踊り子さんの手をとり、アッサム王子の手と繋がせながら囁いた。
彼は沢山の女と遊んできた。
だからこそ、運命の相手であるミーナと出会った時に彼女こそがファムファタルだと気がつけたのだ。
遊び疲れたその先にいた彼女を愛し、大切にするようになる。
タケルは大学時代付き合っていた時は、全くモテなかった。
私たちはお互いに初めての彼氏、彼女だった。
しかし、彼はその後大手企業に内定してからアホみたいにモテた。
入社してからは、OB訪問してくる女子大生を味見しまくった。
彼はまだ遊び疲れていなそうだったから、結婚しても浮気に苦しめられただろう。
(結婚しなくて良かった⋯⋯刺殺はされたけれど⋯⋯)
私は生涯掛けてたった1人ミーナだけを想い続けるレオナルド様は稀有な男だと考えている。
(だから私は彼に夢中なの⋯⋯)
「じゃあ、行きましょ。アッサム王子殿下」
水飴のような甘い声を出した踊り子さんが、アッサム王子に口づけをせがんでいる。
アッサム王子は私の前でキスを見せたくなかったのか、それを拒んだ。
(え? 見たかったのに⋯⋯恋愛玄人同士のキス⋯⋯)
「リリアナ嬢、また、すぐ来るから。話を聞くからな」
そう一言残すと部屋を去ろうとするアッサム王子の後ろ姿に私は申し訳なくなり声をかけた。
「すぐ来なくても良いですよ。ごゆっくりしてきてください。きっと楽しいはずです」
彼は命を助けて貰った恩を感じているのかもしれない。
しかし、彼は元々ここで死ぬ人間ではないと私は知っている。
ただ、私はミーナが無事に聖女の力を手に入れたかに自信がなかった。
それに人が刺されると分かっていて黙って見ていることはできなかった。
ふと薄手のヒラヒラしたシュミーズドレスのようなものを捲り上げると、腹部にざっくり傷跡があった。
まだ、生々しく傷口が開いたら血が流れ出てきそうだ。
私はそっと傷口に手を触れると、傷跡はあと方もなく消えていった。
「リリアナ嬢! 医師を連れてきた」
突然ノックもなく開いた扉に固まってしまった。
(ひゃーお腹見られた! 恥しい!)
私はそっとドレスを元に戻してお腹を隠す。
「私のくびれを見ましたか?」
よく考えれば七海とは違い、リリアナはスタイル抜群だった。
「傷がなくなっているのを見たよ。リリアナ嬢」
ふと真剣な顔になったアッサム王子が私の耳元で囁く。
彼は医師に部屋を出ていくように告げると、ベッドに腰掛けた。
「さあ、リリアナ嬢! 話を聞きにきたよ」
聖女の力を持っていることがバレてしまったら、王宮にしょっ引かれてしまう。
私は彼の美しい顔に集中できなくなる頭を抱えながら言い訳を必死に考えた。
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