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4.俺も君の話を聞くよ⋯⋯。
カサンデル王国の第1王子として育てられた俺、アッサム・カサンデルの血筋は正しくない。
長子相続のルール通り、俺が王位を相続すると思われているが周囲は不満ばかりだ。
俺の母親は踊り子で、第2王子である弟の母親は血筋正しき王妃だ。
俺は王家の広報係だった。
母親の類い稀なる美貌を受け継ぎ、平民の血を継ぐ王子だ。
身分差別に苦しむ人間の救いとでも思われているのか、俺の人気は王家の不満を解消するのに使われてきた。
弟のルドルフはパレードに参加しないという。
彼はそうした人気取りの行事には参加せず、自分のしたいことをする事ができる。
でも、俺は王子という身分でありながら道化のようにパレードに参加しなければならなかった。
「アッサム王子殿下万歳! 本当に美しい! この世のものとは思えない」
パレードの最中、皆が俺を羨望の目で見た。
(本当に見た目しか取り柄がないと見せしめに合っている気分だ⋯⋯)
そんな暗い気分になっていた時に、黒い塊が近づいてきた。
一瞬、赤い髪の女が俺の前に立ち塞がったと思うと倒れた。
よく考えれば俺がいなくなった方が良いと考える者が王宮に多いと思えるほど、薄い警備だった
「リリアナ様ー!」
目の前に俺を守るようにいたのはリリアナ・マケーリ侯爵令嬢だった。
俺の暗殺に失敗した暗殺者はすぐに王宮の騎士に囚われた。
先ほど大声で彼女の名前を呼んでいた茶髪の騎士が彼女に近づいてくる。
遅れて、彼女の婚約者であるレイモンド・ストリアとピンク髪の女が近寄ってきた。
「リリアナ!」
「アッサム・カサンデル王子殿下にミーナ・ビクトーがお目に掛かります」
ピンク髪のミーナ嬢は頭がおかしいのではないだろうか。
目の前に出血多量で意識を失っているリリアナ嬢がいるのに、平然と俺に挨拶をしている。
「リリアナ様!」
必死の形相でリリアナ嬢に呼びかけ、止血する騎士だけが本当に彼女を心配しているように見える。
「俺は王宮にリリアナ嬢を連れて戻る! お前もついてくるか?」
「カエサルと申します」
茶髪に灰色の瞳をしたカエサルという騎士は、声を出す唇だけでなく止血する手も震えていた。
「私も参りますアッサム王子殿下」
「婚約者を放ったらかして、他の女を連れ歩く男が安っぽい罪悪感を振り翳して何を言ってるんだ?」
レオナルド・ストリアの申し出を断った俺の意地悪な言い方に彼の顔が歪んだ。
「リリアナ様が心配なので、私も王宮までお付き添いしても宜しいでしょうか?」
「ミーナ様は、リリアナ様の事を思いやれる方でしたか? 貴方様とレオナルド様の仲のことで、どれ程彼女が苦しんでいたか知らない訳ではありませんよね?」
「わ、私はただレオナルドに誘われただけで⋯⋯なんなの? 平民出身の騎士の癖に⋯⋯」
カエサルという騎士はリリアナ嬢に連れ添っているところを見かけた事がある。
彼から見てもレオナルドとミーナ嬢の関係には言いたいことがあったようだ。
「ミーナ嬢は随分高価なドレスを着ているんだな。流石は貴族令嬢様だ。平民の血が混じった私には理解できないが、恋人が婚約者の実家から掠め取った金で買って貰ったのかな」
ピンク色の髪に琥珀色の瞳をしたミーナに合わせたような、クリーム色にピンクダイヤモンドを塗したドレス。
明らかに彼女の為にオーダーメイドしたドレスは、彼女の実家が買えるような品ではない。
今日の俺は相当意地悪になっていた。
目の前で応急処置をされているリリアナ嬢は侯爵令嬢とは思えない地味な格好をしている。
経済的に困窮しているストリア公爵家と婚約を結んだが、彼女の実家は帝国一の富豪だ。
「アッサム王子殿下! 言葉が過ぎます!」
「俺を嗜めてるつもりか? 自分の行動を顧みてみろ」
確かに俺はレオナルドを侮辱したが、明らかに最低の男だ。
パレードは1番の見せ物である俺が消えたことで、質素なものになった。
王宮に戻るとリリアナ嬢の手当が行われた。
出血が多く、意識がなかなか回復しない。
「カエサル⋯⋯リリアナ嬢にはしばらく王宮に滞在して貰う。君も一緒にいると良い、それと君は少し休め」
「お心遣い、感謝申し上げます」
カエサルはリリアナに特別な感情があるのだろう。
彼女が倒れてから顔面蒼白で今にも倒れそうな顔をしている。
(騎士の癖に⋯⋯あれで大丈夫なのか?)
俺は傷の手当が終わって、意識が戻らないリリアナ嬢に付き添った。
医師に意識が戻ったら呼ぶと言われても、彼女と2人きりになりたかった。
彼女は守銭奴のような父親のせいで、金遣いの粗い悪女のように周囲から非難されている。
でも俺には、昔から彼女は派手な外見とは裏腹に大人しくて目立つのが得意ではない人間に見えていた。
それでも金の次は権力が欲しい父親に、ストリア公爵家のレオナルドと婚約を結ばされていた。
国中がお祭り騒ぎになる日にも婚約者のレオナルドは他の女を連れている。
そんな中、彼女は自分はひっそりと地味な格好でパレードを見ていた。
(父親だけでなく婚約者にも尊重されていないのか⋯⋯彼女の位置からレオナルドとミーナ嬢の姿は見えただろうに)
リリアナ嬢の気持ちを考えるだけで胸が張り裂けそうになった。
その時、彼女がゆっくりと目を開けた。
赤い艶やかなまつ毛に彩られた緑色の瞳は宝石のようだ。
美しく誰もが振り返るような美女なのに、どうして彼女はこれほど不幸なのか。
その時、容姿に恵まれながら、王家の道具になっている自分の人生と彼女の人生が重なった。
「リリアナ嬢、目覚めたか。暗殺者に刺されたんだ。君が守ってくれなかったら俺は危なかった。でも⋯⋯どうして⋯⋯」
彼女が目を開けて心からホッとした。
思わず漏れた俺の疑問に彼女は通りを横切りたかっただけと主張する。
お粗末な言い訳をする彼女が不思議で仕方がない。
そして、ついカエサルと彼女の関係が気になって尋ねてしまった。
すると、彼女は話を聞いてくれるから彼と一緒にいると返してきた。
俺にはその感覚が分かってしまった。
俺は次期国王だが、後ろ盾がないので貴族たちは俺の話をまともに聞いていない。
本当に耳を傾けてくれる人間がいたら、おそらく側に置くだろう。
「俺も君の話を聞くよ⋯⋯」
ベッドに腰をかけて髪を撫でると彼女は顔を真っ赤にして固まってしまった。
夜な夜な遊び慣れた女ばかり相手にしているせいか、そのウブな反応にドキッとしてしまう。
今日の夜の相手が俺を呼びにきて、リリアナ嬢との時間を壊されてがっかりしてしまった。
本当に俺はなんて無意味な時間を過ごしてきたのだろう。
「リリアナ嬢、また、すぐ来るから。話を聞くからな!」
俺は、踊り子を帰らせ、リリアナの意識が戻ったので診察をして貰う為に医師を呼んだ。
「リリアナ嬢! 医師を連れてきた」
扉を開けると、リリアナの真っ白の体が目に入ってきて心臓が止まりそうになった。
いけないと分かっていても思わず見てしまうと、そこにあっただろう傷がなくなってきた。
(こんなことができるのは聖女の力?)
「さあ、リリアナ嬢! 話を聞きにきたよ」
俺は再びベッドに腰掛けリリアナの話を聞かせて貰うことにした。
「しまった」と言った顔を隠せず、俺から視線を逸らす彼女がおかしかった。
聖女の力が目覚めれば、賞賛の的になるのにそれを隠す彼女の本心が知りたかった。
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