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5.足りない男が好きなのか?
「人間の持つ力ってすごいですよね。自然治癒力って人の生きる力そのものなのです!」
必死に俺に目を合わせながら語ってくるリリアナ嬢は、いつからこんな面白い女になったのだろう。
腹に一生残るような切り傷があったのを俺も確認している。
「聖女の力を持っているよな⋯⋯」
俺が確認しようとして発した言葉に一瞬顔色を変えたくせに、慌てて顔を作って平静を装う彼女がおかし過ぎる。
「聖女の力⋯⋯聖女の力ですか⋯⋯」
どうやら彼女は場当たり的に嘘をつくのが苦手らしい。
必死に考えて何とかして自分の力を隠そうとしているのが丸わかりだ。
「なんで、隠そうとするんだ? 俺と結婚するのがそんなに嫌か?」
俺は聖女伝説を信じていなかった。
純粋な心を持った人間が聖女の銅像に触ると、治癒の能力を授かるというふざけた伝説だ。
だから、隣国の皇女との婚約話を跳ね除ける時も自分は聖女と結婚したい夢があると語った。
そして、その話は尾鰭をつけて聖女の力をつければ俺と結婚できると銅像の周りには列ができ始めた。
「はい、嫌です。思いがけず銅像に触ってみたら得てしまった力なんです。この力はレオナルド様の為だけに使っていきたいのです」
彼女が美しい緑の瞳をギュッと閉じながら告げてきた言葉は信じられないものだった。
婚約者である彼女を放って、恋人に夢中な男の為に国に繁栄をもたらすという力を使いたいという。
「レオナルド・ストリア⋯⋯ミーナ嬢に夢中なようだぞ。君との婚約は君の実家の資産を当てにしたもので、君を尊重しようともしない⋯⋯」
鈍感そうな彼女が気がついているかも分からない真実を伝えてしまった。
(傷つくだろうか⋯⋯なぜだか、俺は彼女が傷つく姿を見たくはない)
「私を尊重する必要なんてありません。私はレオナルド様のお側にいられるだけで幸せなんです。マケーリ侯爵は恐ろしい方です。金でレオナルド様を誘き寄せましたが、結局はストリア公爵家の権威を食い尽くす事が目的です。レオナルド様は放っておくと、ミーナ様の事ばかり考えている方なんです。側にいて彼が堕ちて行かないように支えていきたいんです」
俺はリリアナ嬢の美しい瞳に見惚れながらも、想像を超えた彼女の言葉に驚いていた。
(無償の愛とはこういうものなのだろうか⋯⋯)
彼女がレオナルドに注いでいるのは、見返りを求めない無償の愛だ。
(親が子に与える愛⋯⋯無償の愛というが、俺は受けていない)
俺の母は王宮入りしてから、一度も俺に会いにきていない。
彼女はしてやったりと国王の子を出産し、豪華な生活をすることだけがは目的だった女だ。
「商才も能力も不足しているレオナルド・ストリアのどこに惹かれているんだ?」
俺は疑問と共にベッドに横たわる彼女の太ももに頭を載せた。
(なんでこんなことをしているのか分からないが、彼女に触れたい⋯⋯)
「ミーナ様に一途なところです。アッサム王子殿下は太ももに一途ですね」
リリアナが薄く微笑みながらいった言葉に思わず笑いそうになった。
(太ももに一途って⋯⋯なんだよそれ)
リリアナが彼女の太ももを枕にする俺をそっと優しく撫でてくれる。
これ程、心地よく幸せな瞬間があるのかと思うほど心が満たされるのを感じた。
太もも大好きな変態認定をされた事を否定をするよりも、彼女の話が聞きたいと思った。
こんなことは初めてで自分でも驚いている。
「足りない男が好きなのか?」
「何でもできる方なら私は必要ないですから。何でも器用にこなせる方もいらっしゃいましょうが、私は不器用にただ1人の女性を愛して転んでしまう方が好きなのです」
笑顔で返されたリリアナ嬢に俺は自分が失恋したような感覚に陥った。
誰かを愛せる自分なんて想像もしていなかったが、愛するのなら彼女のような人を愛したい。
(リリアナ嬢⋯⋯お前の方が不器用だ⋯⋯決して振り向かぬ男を愛しているなど)
ノックと共に侍従が入ってきて客人の来訪を知らせる。
「マケーリ侯爵閣下がお見えです」
「通せ⋯⋯」
ふと膝枕をしてくれているリリアナの顔を見たら、微笑みで返された。
「アッサム・カサンデル王子殿下に、ケンテル・マケーリがお目にかかります」
頭の中は金と権力しか考えていないのが丸わかりのリリアナ嬢の父親マケーリ侯爵が現れる。
(リリアナの言う通り、ストリア公爵程度じゃ持っているものを吸い取られるだろうな)
「マケーリ侯爵、この通り俺はリリアナ嬢をいたく気に入ってしまったんだ。俺の妻にできないかと今考えているところだ」
俺は手を伸ばしリリアナの頬を撫でた。
彼女は俺の申し出に驚くと共に顔面が蒼白している。
(そこまで嫌か! 俺がレオナルド・ストリアより劣っていると?)
「娘は今、ストリア公爵と婚約中でして⋯⋯アッサム王子殿下は娘を王妃にとお考えですか?」
「それ以外に何が?」
マケーリ侯爵は俺に後ろ盾がないことから、結局は王位を継承できないと考えているのだろう。
それならば、歴史のあるストリア公爵家の権威を奪う方が利があると思っているのが丸分かりだ。
「お、お父様、私は嫌です。レオナルド様と離れたくありません。彼の為だけに生きて死ぬ存在になりたいのです」
俺は真上で必死に俺との婚約を拒否しているリリアナ嬢を見て自分の気持ちが酷く落ち込むのが分かった。
これはプライドが傷ついたとかそういったレベルの話じゃない。
経験はないが、恋に敗れた感情とはこう言うものなのだろう。
「リリアナ嬢! 貴族の婚姻とは君の意思など関係ないんだよ」
平民の血を引き身分制度にうんざりしていた自分が王子という身分を盾にリリアナに迫っている。
そんな自分に虚しさを感じながらも、なぜだか彼女は手放せないと感じていた。
「娘のような美しさ以外取り柄のない女を気に入って頂けてありがとうございます。一時でも王子殿下を楽しませることができるのであれば婚姻の件を進めさせてください」
損得を一瞬にして計算したマケーリ侯爵は一礼すると部屋を出て行った。
(酷いな⋯⋯娘に一言の見舞いの言葉もかけないとは⋯⋯)
「嫌です。レオナルド様のそばにいられなくなるなんて⋯⋯絶対に嫌⋯⋯」
顔にリリアナ嬢の流す涙がとめどなく落ちてくる。
俺が彼女と一緒にいたいと思ったことが、彼女を苦しめている。
「リリアナ嬢⋯⋯明日の建国祭の舞踏会で俺と踊ってくれないか? 君と1度で良いから踊ってみたかったんだ⋯⋯」
これは偽りざる本音だった。
舞踏会で彼女が踊っているのを何度かみてきたが、とても優雅で見惚れた。
「わ、私踊れません。貴族令嬢としての作法は全て忘れました。今、覚えているのは食事の時のシルバーは端から使うことくらいです」
俺を突き放す為に話したとは思えない程あり得ない事をリリアナ嬢は言っている。
「それは困るな⋯⋯」
「そうなんです。だから実家の権力だけでも、レオナルド様の役に立てばと⋯⋯」
嫌がられるだろうと分かっていたけれど、彼女から他の男の話をもう聞きたくなかった。
俺は咄嗟に口づけで彼女が続ける言葉を塞いでいた。
唇を離すと明らかに、驚きのあまり目を丸くしたリリアナがいた。
「今からダンスの特訓だな。貴族令嬢が踊れないからと言って一曲も踊らないつもりか? 一曲だけでも俺と踊れるようにしといた方が良い」
俺は寝転がった状態から立ち上がると、彼女をダンスの練習に誘おうと手を差し出した。
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