6.とても素敵な口づけをありがとうございます。

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6.とても素敵な口づけをありがとうございます。

 アッサム王子が差し出してくる手を取った。  彼は本当に良い人のようだ。  彼には私のレオナルド様への重すぎる気持ちは理解できないだろう。  前世で仕事に追われる毎日の中でレオナルド様が私の生きる道標だった。  タケルが出会った頃とは全く違う浮気性な男になっても気にならなかった。  私の心にはいつもレオナルド様がいたからだ。  アッサム王子は泣いている女の子を慰める為にキスができてしまう男なのだろう。  それでも、先ほどのキスは私が今まで受けた中で1番優しいものだった。 「アッサム王子殿下⋯⋯先ほどはみっともなく泣いてしまって申し訳ございませんでした。そして、とても素敵な口づけをありがとうございます」 「待ってくれ、流石に混乱する。君はストリア公爵を好きなんじゃないのか? それなのに俺との口づけにお礼を言うなんて⋯⋯あれは、俺の勝手でしたものなのに」  アッサム王子は優しい方だ。  慰めるようにプレゼントしてくれたイケメンキスは有り難く頂戴することにした。 ♢♢♢ 「ちょっと⋯⋯踊れないとかのレベルじゃなくないか? 簡単なステップだぞ」  アッサム王子の動きに合わせて踊っていたが彼の足を踏んでしまった。  異世界転生の小説では、転生しても社交や礼儀を体が身につけていた。  しかし、私の場合はリリアナだった時の記憶がない。 (言葉が通じるだけでも、感謝しないとね⋯⋯) 「申し訳ございません。痛かったですよね」 「痛くはない。それよりも裸足で踊らせてすまない」   アッサム王子は私をベッドに座らせると、手で足を温めてくれた。  彼の手の体温が冷えた足から伝わって温かい。  きっと、ヒールを履いて足を踏んでしまったら彼の足を怪我させてしまっただろう。 「いえ、裸足で良かったです。汚い足を触らせてすみません。でも、気持ち良いです」 「綺麗な足だよ。明日はこの足に会う靴と、君に合うドレスを選ぼう。夕刻には舞踏会に一緒に出てもらうことになるからな」  私はアッサム王子の言葉になんと返して良いか一瞬迷った。 「私はレオナルド様の婚約者です。アッサム王子と舞踏会会場に入場することで彼に恥をかかせる訳にはいきません」  気がつけば私はアッサム様にベッドにおさえつけられていた。 「レオナルド・ストリアは君と婚約した後も他の女と舞踏会に出席したよね」  アッサム王子の赤い瞳が宝石のように綺麗で見入ってしまうが、体勢的に緊張してしまう。  他の女とはミーナのことだろう。 (レオナルド様の本命はミーナなのだから仕方のない事だわ⋯⋯) 「でも、私はレオナルド様への忠誠と愛を誓いたいのです」  私が言った途端、首筋にピリッと痛みが走った。 (今、アッサム王子が首筋を吸ってきたの? プレイボーイ時代の彼は怖い!) 「聖女の力は国の為に使うものだって知っているよね。それを、レオナルドの・ストリア為だけに使いたいって君は何がしたかったの?」 「毎日、レオナルド様の肩叩きや足を揉んだりさせて頂ければ、お身体を癒せるかと思ったのです」  きっと、とんでもない女だと思われているだろう。  万病や大怪我を治せる力を国の為に使わず、推しの為⋯⋯私利私欲の為に使いたいと言っているのだ。 「俺と明日、舞踏会に出るか、これから俺に抱かれて俺のことを元気にしてくれるか選んで」  アッサム王子から、にっこりと微笑まれながら伝えられた究極の選択肢。 「舞踏会にご一緒させてください!」 「じゃあ、今から特訓だね。1曲だけでも仕上げよう」  アッサム王子はその後、演奏家とダンスの教師を呼んで私を一晩中特訓してくれた。  ♢♢♢ 「おはよう。リリアナ嬢、今日は食事をしたらドレスを選んでもらうぞ。夕刻までには君のサイズに仕立て直させるから」 「はい、ありがとうございます」 「素直で本当に良い子だな」  アッサム王子が私の頭を優しく撫でてくれる。  この世界で私は18歳で、彼は3歳年上の21歳だ。  前世で三十路だったせいか、だいぶ年下の男の子に可愛がられているようで照れ臭い。  リリアナのクローゼットは意外と地味なドレスばかりが並んでいた。  私は前世では黒やグレーや紺のような色ばかり着ていたので都合が良かった。  パレードの時も紺色のドレスを着ていたから、アッサム王子には地味だとみなされたのだろう。  彼の隣に立つならそれなりの格好が必要になると言うことだ。  小説の中ではリリアナの服装についての言及はなかった。  てっきり悪役令嬢だから贅を尽くした派手な格好をしていると思っていた私は拍子抜けした。 「上手に食べられているじゃないか」  食事の時もアッサム王子の視線が優しい。  私が礼儀も忘れたと言っていたから、心配してくれていたのだろう。 「この冷製のかぼちゃのスープ本当に美味しいです」 「それはジャガイモのスープだぞ。なかなかの味覚音痴だな」  アッサム王子に笑われてしまった。 (甘いからかぼちゃかと思った⋯⋯ビシソワーズだったとは)  前世で助産師として働いている時は、忙しくてゆっくり食事をとることが少なかった。  口にかき込むように食事を入れているとキムチとトマトの区別もつかなくなっていた。 (久しぶりのゆっくり食事をしたフレンチレストランで刺殺されるとはね⋯⋯) 「今もレオナルド・ストリアの事を考えているのか?」  少し寂しそうな目で見つめられながら聞かれた言葉に戸惑ってしまう。 (前世の男のことを考えていたとは言えないわ) 「思ってもない事が起きていると考えていたんです。こんなに美味しい食事をゆっくり美しい男性と食べられる日が来るとは思ってもいませんでした」 「俺に気は無いけれど、見た目については褒めてくれるんだな」 「アッサム王子殿下は中身も非常に素敵な方です。優しくて、親切で、こんなに心の温かい方がいるのかと感動しております」  思ったままを言ったのに、アッサム王子は居心地の悪そうな照れ笑いを浮かべていた。  実際、前世も含め私を気遣いながら接してくれているのはカエサルと彼だけだ。    食事後に今晩の舞踏会で着るドレスを選ぶことになった。 「この、水色のドレスが良いです」  私は水色に銀糸の刺繍が入ったドレスを選んだ。 (レオナルド様の瞳の色のドレスだわ⋯⋯まるで、彼に抱かれているような気分になれるかも⋯⋯) 「却下! リリアナ嬢にそのドレスは似合わない。これにしろ! 君の美しさを引き立ててくれる」  アッサム王子が差し出してきたのは赤い金糸で細やかな刺繍があしらわれ宝石が散りばめられたドレスだった。 (こんな派手な格好した事がない⋯⋯でも、七海と違ってリリアナは綺麗な子だし着ても良いのかな) 「じゃあ、こちらにしてみます」  私はアッサム王子が掲げていた赤いドレスを受け取った。 「それを着た君を見るのが楽しみだ。男が女性に服をプレゼントする意味分かってるよね」  アッサム王子の言葉を後日請求書が来ると受け取った。 「お幾らでしょうか? 私に割り当てられた予算で足りないなら、何か仕事を頂けるとありがたいです⋯⋯」  アッサム王子は私の返答を聞くなり、なぜかコントのようにズッコケていた。 「じゃあ、しばらくは王宮に滞在してくれ。毎晩、俺の体を揉んでもらおうかな」  少し間があった後、アッサム王子は私に自分の要望を伝えてきた。  聖女の力があるから、マッサージ効果は絶大かもしれない。 「誠心誠意努めさせて頂きます!」  頭を下げた私を見ながら、なぜか彼は爆笑していた。  
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