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7.婚約はご勘弁頂けませんでしょうか。
「アッサム・カサンデル王子殿下と、リリアナ・マケーリ侯爵令嬢の入場です」
私は建国祭の舞踏会にアッサム王子と出席した。
前世でも赤いドレスのような派手な色のものは着なかったので、妙に緊張した。
「リリアナ嬢、そのドレスすごい似合っている」
「アッサム王子殿下も赤い礼服姿が素敵です。」
今日のアッサム王子殿下は私のドレスとペアになっている赤い礼服を来ていた。
(まるでパートナーみたい⋯⋯)
舞踏会会場にいるみんなが私とアッサム王子のペアに驚いたような顔をしている。
その時、ミーナといるレオナルド様と目が合って思わず目を逸らした。
舞踏会の開始を告げるダンスをアッサム王子と私が踊る。
アッサム王子のリードが抜群に上手い為、体を預けていると何となく形になる所までは持ってこれた。
周囲を見ると様々な髪色をした人がいる。
豪華絢爛とした王宮にある舞踏会会場は前世では一生縁がなかったような場所だ。
大学の卒業旅行で行ったフランスのベルサイユ宮殿のような場所。
このような場所で夜な夜な人々が踊っているような世界に私は来たのだ。
「大丈夫か⋯⋯具合が悪いんじゃ⋯⋯」
「めちゃくちゃ元気です! 後少しヘマしないように集中しますね!」
心配そうに声をかけてくれたアッサム王子に私は笑顔で返した。
彼に心配させてはいけないのに、私の不安はバレてしまってたようだ。
私は今、高位貴族のリリアナになっているが、そんなブルジョワな生活は経験がない。
貴族令嬢としてのマナーも不足しているだろう。
「どうしたら、私ごときがレオナルド様を幸せにできるの?」
私がそう呟くと同時に、アッサム王子のダンスのステップが止まり彼の足を思いっきり踏んでしまった。
「あ、あの、申し訳ございま⋯⋯」
私の謝罪は最後までさせて貰うことはできず、彼に口を塞がれていた。
(ふわ⋯⋯いくら、アッサム王子が好色と有名でもこんなキスをしたら!)
「アッサム王子⋯⋯今のは⋯⋯」
「リリアナ嬢⋯⋯全部、君が悪いよ。俺と一緒の時に他の男の事を考えるんだから」
そういうと、彼はそっと私の手の甲に口づけをして去っていった。
私はしばらくその場を動けなかったが、演奏家たちが2曲目を演奏する準備を始めたので端っこに寄ろうとした。
「リリアナ⋯⋯曲が始まる。踊ろうか⋯⋯怪我はもう大丈夫なのか?」
目の前に真顔のレオナルド様がいて、私の手を取りダンスホールの中央までエスコートしようとする。
「怪我はご心配頂かなくて結構です。レオナルド様とは、踊れません。申し訳ございません!」
私は彼の手を慌てて振り払い、バルコニーの方まで小走りした。
私は今踊った1曲しか練習をしていなくて、次の曲は踊れない。
(レオナルド様に恥をかかせてはいけないわ)
「えっ、雪?」
バルコニーに出ると季節外れの雪が降っていた。
舞踏会会場も、外の風景も見慣れたものではなく異世界に来たと思い知らされる。
(これから、ちゃんとやってけるの?)
唐突に途方もない不安に襲われた。
強い力で肩を掴まれ振り向かされると、そこには息を切らしたレオナルド様がいた。
銀髪に落ちる雪が一瞬にして結晶になり美しい。
「リリアナ⋯⋯なんで、逃げるんだ! 一昨日は僕のことが好きだと言った癖に、今はアッサム王子殿下が好きなのか?」
見惚れることも許さない剣幕で、なぜだか私はレオナルド様から責められていた。
「逃げてません。私がレオナルド様から逃げることなどあり得ません!」
私の弁明は通じないようで、彼はなぜだか怒っている。
「質問に答えろ!」
低く怒りを抑えるような彼の声に、震え上がってしまった。
「レオナルド様がご心配なさるような事は何もございません。私とレオナルド様の婚約は継続中ですし、私の実家からの援助はご自由に使って頂いて構いません」
寒さからなのか、震える体を自分で抱きしめながら私は彼に訴えた。
「見苦しいぞ! ストリア公爵、早く恋人のところに戻ったらどうだ」
その時、昨晩から聞き慣れたアッサム王子の声がして、自分がホッとしたのが分かった。
アッサム王子は自分が羽織っている狐の毛皮を私にかけてくれた。
(暖かい⋯⋯)
「アッサム王子殿下、リリアナを気に入ったのですか? 申し訳ございませんが、リリアナは私の婚約者です。手を引いてください」
その時、レオナルド様が予想外のことをアッサム王子に主張していた。
「十分な婚約破棄の慰謝料を払おう⋯⋯ああ、ストリア公爵は婚約者がいる身で恋人がいるのだから慰謝料は払う側だったか」
アッサム王子はそう一言残すと私の手を強く引き、舞踏会会場を抜け部屋まで連れて行った。
廊下を歩いている途中、アッサム王子が私の手を引いているので周囲が驚きの目で振り返るのが分かる。
舞踏会もはじまったばかりで、主役とも言える彼が会場からいなくなって騒ぎにならないだろうか。
(スキャンダルになったらどうしよう⋯⋯)
私に用意された部屋に入ると、しっかりとベッドメイキングがされているのが分かった。
枕とクッションが、今朝は緑色のカバーだったのに赤色のものに変えられていた。
真っ白なシーツの上に座るように促され座ると、すぐ手が届くような側にアッサム王子が座った。
私は彼があまりに美しく、良い匂いがするので緊張してしまう。
舞踏会会場の喧騒が嘘のように、ここは静かだ。
カーテンの隙間からは、雪がまだ降り続いているのが見えた。
私には優しいアッサム王子が、レオナルド様には意地悪で私は困惑していた。
そして、彼は本当に私との婚約を考えているのだろうか。
「アッサム王子殿下! 聖女の力が欲しいのであれば出張で肩揉みに伺います。婚約はご勘弁頂けませんでしょうか」
「レオナルド・ストリアが好きだから俺と婚約したくないのか? 全く理解できない。あんな浮気者のどこが良いんだ?」
私はなんと答えて良いかわからなかった。
レオナルド様はミーナに一途で浮気者ではない。
「浮気者なのは、アッサム王子殿下ではないですか?」
彼が遊び人になのは有名で、ミーナと恋に落ちるまでは落ち着かない。
「リリアナ嬢⋯⋯君には俺がそんな風に見えているんだな」
私は自分の浅はかな言動で、アッサム王子を傷つけたのが分かった。
(誰だって面と向かって浮気者などと言われて嬉しいはずはないわ)
「あの、失礼なこと言って申し訳ございま⋯⋯」
「今日はこのままリリアナ嬢の膝枕で寝る。何だか疲れた⋯⋯」
ゆっくりと目を瞑って、アッサム王子は私の太ももに頭を乗っけた。
(太ももが好きなのかな? 一途だ⋯⋯)
私は聖女の力を使いながらアッサム王子の体を撫でた。
そんなことをしている内に私も眠りについてしまったようだった。
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