夫婦喧嘩は猫なら食べる

　結婚して２年。最近、妻と喧嘩をすることが多くなった。目玉焼きの黄身が固すぎるとか、お風呂が水に近いぬるま湯になっているとか、始まりはだいたいがくだらない内容で、そこからヒートアップして大きな喧嘩へと発展する。発展するのは、パチンコのリーチだけにして欲しいものだ。

　正直、籍入れる前の方が仲良かった。タバコを買うため行くために夜遅くにコンビニに行こうとすると、「私も行く」って付いてきてくれていた。お風呂だって、一緒に入っていたし。

　最近はコンビニに行こうとすると、「ついでに、アイス買ってきて。チョコ系のやつね。ソーダとか買ってきたらボコす」なんて言われる。
　ソーダのアイス買ってきたら、ボコされるんですって……
　一緒に入っていた頃は、ボディソープでシャボン玉作って遊んでいたのに、今ではボディソープを使い過ぎだと怒られることが多い。

　結婚って、やはり地獄なのだろうか。

　自分では解決する方法も思いつかず、大学時代の2個上の先輩に相談することにした。

「最近、夫婦喧嘩が多くて。どうすればいいんでしょうね？」

　ちなみに先輩は独身であるが、知識量と大喜利力においては、今まで出会った人の中で一番あるので悩み事を相談するには、ぴったりな人だ。

「それなら、猫を飼え猫を」

「猫、ですか？」
　猫も犬も嫌いではなかったが、小学生の頃からずっと、ペット禁止のアパートに住んでいたので犬や猫を飼うという感覚が分からない。おまけに僕、ひとりっ子だから、可愛がるより可愛がられて生きていたタイプの人間だから。

「夫婦喧嘩は犬も食わぬって言うだろ？　犬は夫婦喧嘩を食べてくれないけれど、猫は食べてくれるんだよ」　

「本当ですか？」

「嘘だよ。猫が夫婦喧嘩、食べるかぁ！」
「夫婦喧嘩は食べてくれないけれど、守る存在ができることで、喧嘩なんてしてる暇はなくなると思うんだ。猫のことで会話も弾むようになると思うし」
　猫ね〜　猫かぁ。
　喧嘩をしてる暇はなくなるなんて先輩は言うけれど、１つ心配なことがある。

「猫が原因で、喧嘩になる可能性はありませんかね？」

「猫が原因？」

「まずですよ。猫に名前を付けますよね？　例えばメス猫だったとして、僕がシオリって名前にするとしますよね？　そしたら妻は『シオリってもしかして、元カノの名前じゃないわよね』って聞いてくると思うんです。『違うよ』って僕が返しても妻は信じてくれないと思うんです」

「シオリって、大学時代お前が好きだったテニスサークルのあのシオリのこと？」

「はい。そうですよ」

「ダメに決まってるだろ！」

「でも、嘘は付いてませんよ。元カノではありませんもん。告白しようと思った前の日にテニスサークルの先輩と付き合い始めたって聞いてしまったんですよね」

「ダメだろ、何してんだよ。昔好きだった女の名前を猫に付けて許す女がどこにいるんだよ？」

「まあまあ、名前のことは何とかするとして。それ以外にも喧嘩になる要素あるんですよ。妻って嫉妬深い所があるので、その猫がですよ、僕ばかりに懐いてしまったらきっと拗ねると思うんです。『名付けたのに、懐いてくれない』って拗ねて、しまいには僕に八つ当たりしてくることでしょう。結局喧嘩です。八つ当たりされたら、100％やり返すつもりでいるんで」

「そんなのお前に懐くとは限らないだろ？」

「……先輩、僕ですよ？」
「可愛がられることに関しては誰よりも上。人を惹きつける魅力のある僕が、猫は惹きつけられないとでも？　メス猫かオス猫かは分かりませんけど、絶対僕の方が懐かれます」

「たしかに大学時代は、後輩の中でお前が1番可愛かったけれど、今の話を聞いてあの時代の自分を不審に思う。なんでこんなやつを可愛がっていたんだろうって」

「そもそも、猫を飼うことに妻が賛成してくれるとは限りません。妻が猫を飼いたいと提案してきたなら話は別ですが、僕が提案するわけですから、素直に『うん』というとは思えません。シャボン玉遊びをして、ボディソープを使いすぎただけで怒られるんですよ？　仮に飼うことに許可が出たとしても、ちょっと高めのエサ、モフモフベッド、猫じゃらし、買うたびに怒られる可能性があります」

「モフモフベッドは、別にいらないんじゃないか？　猫って人の膝の上とかで寝るぞ」

「何を言ってるんですか？　猫とモフモフベッドはセットでしょ？　せっかくウチに来てくれるのであれば、モフモフベッドで寝かせてあげたいでしょ」

「話を聞けば聞くほど、夫婦喧嘩の原因は、お前にあるんじゃないかと思ってきた」

「なんでですか？　僕は悪くないですよ」

「でも、売られた喧嘩は買うんだろ？」

「そりゃもちろん」

「分かった。やっぱり、猫を飼うって提案は一旦保留だな。他の方法を考えよう」
　さすが知識量豊富な先輩。1つの案がダメになっても、また次の案を考えてくれる。やっぱり先輩は頼りになる。先輩に相談してよかった。