だと思っていた

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『もうとにかく本当にすっごい大きな音で! DVじゃないかなって心配になっちゃって……』  その110番通報が届いたのは、クリスマスイブの朝だった。  カップルたちが幸せな時間を過ごしている中、その睦まじい関係に亀裂が入った通報に日比谷(ひびや)は嫌気がさした。シングルな日比谷にとって、そういった夫婦や恋人同士の喧嘩でさえも目の当たりにするのが億劫だった。僻んでる訳ではないが、愛の関係がある人たちとクリスマスイブに会いたくないのだ。  本当は家も出たくなくて有休を使おうとしたが、あまりにも有休を使っている人が多いと聞いて泣く泣く出勤していた。そんな中でこんな夫婦喧嘩の通報に巻き込まれるなんて。ハァっ、と周りに聞こえるくらいの溜息を吐いてしまう。  通報のあったマンションにやって来ると、玄関に通報者と思われる隣人の女性が立っていた。日比谷を見た瞬間、警察であると分かったようで心配そうな顔でこちらに駆け寄ってくる。 「あなた警察よね? あーやっと来た! もう本当に心配になるくらいの大きな音で、何かが割れる音もして……」  通報者は日比谷と一緒にエレベーターに乗ると、素早く目的の階を押した。扉が反抗期かのようにゆっくりと閉まる。 「いつもはそんな音はしないのよ? 本当に仲のいい夫婦なの。でも今日は朝から奥さんの悲鳴と旦那さんの怒鳴り声が聞こえてきて……不安になっちゃったうわよね」  ピンポーン、と言って扉が開いた。「こっちよ」と言って落ち着かない足取りで通報者が前を歩く。日比谷はその後をゆったりとした足取りで追った。 「ここ」  そう通報者が案内してくれた部屋はしんと静まり返っていた。DVの疑いがかけられていることが嘘かのように静まっている。日比谷は通報者を見たが、通報者は早く中を確認してほしいようで目でインターホンを押すように促した。
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