だと思っていた

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 日比谷は笑顔で言うと、奥さんの方を見て旦那に見えないように親指を内側に曲げて、その後に残った4本指も曲げて拳を作った。奥さんがそのサインに気づくように視線を下に一瞬向ける。これが「助けて」を意味するハンドサインだ。近年はバラエティ番組などで扱われる機会が多く、このハンドサインが広く知れ渡り始めている。DV被害者なら知っているだろう。  日比谷はもう一度そのハンドサインをして、奥さんに問い掛けた。  奥さんは目を潤ませて、口をパクパクさせた。 「た」「す」「け」「て」  DVで間違いないだろう。しかし肝心の証拠がない。物的証拠が無いと、現行犯逮捕はできない。 「はい、僕も妻も怪我はしていません。ご心配ありがとうございます」 「そうですか。住民の方も迷惑されているようなので、次からは気を付けてください」  日比谷は事前に用意していたDV被害者の為の相談ダイヤルと日比谷の連絡番号を記載した紙を旦那に見えないように奥さんに渡した。奥さんはその紙を見て、手を伸ばした。でも中身を見て、驚いたように日比谷を見る。 「ち」「が」「う」  日比谷は眉を顰めた。 「はい、すみません」  旦那がそう言って、ドアが閉まった。日比谷は呆然とした。最後に奥さんが言った言葉。
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