第17話 悪の仮面

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第17話 悪の仮面

いつものようにローシャの予定もお構いなしにリオンが遊びに来てローシャはいつものことだと本日の予定の通り新しく発売された本を読んでいた。 構ってもらえずとも一人で喋っていたリオンからローシャは聞き覚えのある単語を耳にして顔を上げた。 「仮面舞踏会?」 「ああ。ローシャのところにも届いただろう?」 ローシャは読みかけの本に栞を挟むと机の引き出しから一通の手紙を取り出した。 「来ているよ。もっとも、こんなものに行く気はないけれどね」 それはピーテル・バウル・ルーベンス卿の次男、カインが主催する子供だけの仮面舞踏会の招待状だった。 「趣旨は賛同するさ。今のうちに派閥やらなんやらを超えた交流をしてみないかという試みなんだろう」 「ああ、面白そうじゃないか。たまには他の派閥の奴等とも話をしてみたいしな」 だが、ローシャはカインに会うということが懸念されていた。 何事もなければいいが、主催がカインでは会わずにいられない。 そんなローシャの気持ちも知らずにリオンは軽々しく誘ってくる。 「俺の両親がローシャと一緒ならいいだろうって言ってくれているんだ。なあ、行ってみようぜ」 「やれやれ、どうやら僕は君の子守り係だと思われているみたいだね」 ローシャが肩をすくめるとリオンは至って真面目に答えた。 「何を言っているんだ。俺達は親友だろ」 真剣なリオンの言葉にローシャの顔が綻ぶ。 「ああ、そうだね」 そんな親友を一人あのカインの内に行かせないためにも、ローシャは溜息を吐いてカインの実家へ赴く決意を固めた。 約束の日の当日。 子供の催しだからと日中に行われたものの、小さな社交場であることは変わりない。 初めて訪れたルーベンス邸は厳かなものであり、通され中を見ても家具も小物も最低限で済ませられているが、一目で一級品と分かる逸材ばかりだった。 整然と並ばれたそれらは美術館のようであり、あまりの美しさにローシャは感嘆しながら見て回った。 本邸に入る前に見掛けた庭も美しいものだった。 あそこでティータイムをしながら好きな本を読めたらどんなにいいことか、ローシャは考えたがここはカインの家。 そんな未来は起こり得ないだろう。 案内されるがままにホールに辿り着き中に入る前に数種類の仮面を渡された。 差し出された仮面の種類から察するに、どうやら宝石付きがそれなりの身分を表しているらしい。 ローシャは無難な白い仮面を手に取ると、リオンは赤い仮面を身に付けた。 「どうだ?」 どこか得意気なリオンに苦笑しながらも似合ってるとローシャが返答すると、リオンは満足そうに頷いた。 「じゃあ、行くか」 「ああ、そうだね」 開けられた出入り口からホールに入るとそこにはもう仮面を付けた人々で溢れかえっていた。 仮面を付けていても特徴のある人物はすぐに分かるようで人集りが出来ていた。 「まずは主賓に挨拶に行こう」 「ああ、そうだな」 階段の上に目的の人物はいた。 並んで歩いて行き礼をする。 「本日はお招きくださりありがとうございます」 二人揃って感謝の意を表すと黒い仮面の少年は笑った。 「どうかお気になさらずに。本日は派閥の垣根も因縁も超えて相手を知るために思う存分交流を深めてください」 にこりと笑う顔は邪気がなく、本当にそう思っているかのように感じるが、ローシャは何か意図があって開催されたものだと勘繰ってしまう。 「それでは、私達はこれで」 リオンが会話を進めてこの場から離れると、はっと気づいて同じように頭を下げてリオンの後について行った。 人混みに紛れて壁際に寄るとリオンから疑問の声が上がった。 「珍しいな。お前が対人していて心ここに在らずになるなんて」 「僕もまだまだってことかな」 今のでローシャがカインを意識していることはカインにもリオンにも気取られただろう。 リオンがまた口を開こうとした時、集団が近寄ってきた。 「あの、もしよろしければお話しよろしいでしょうか?」 リオンの家と縁を結びたい輩だろう。 リオンはローシャを見遣ると、ローシャは首を横に振って一人で壁に備え付けられていた扉から外の庭へ出た。 「ふう、疲れたな」 外に出て陽を浴びながらベンチに座る。 美しい中庭だ。 元から静かなところを好む性分のローシャだ。 多種多様な人々が集まるパーティー会場に少し居ただけでも疲れてしまう。 しかし、せっかくの機会だ。 気になる人物もいる。縁を繋ぎたいし話をしてみたい。 この機を逃さずまた会場に戻るか? ローシャが考え込んでいると、声を掛けられた。 「こんにちは」 黒い仮面を被った主催者であるカインに話し掛けられた。 先程とは趣向の違う画面だが、恐らくはカインだろう。 「こんにちは」 怯まないように会釈をするとベンチを指差された。 「座ってもよろしいですか?」 よろしくはない。 ローシャはそう思いつつ「どうぞ」と短く返答すると隅に寄った。 「ありがとうございます」 にこりと微笑んで座るカインは、その所作だけ見れば麗しい上流階級の貴族子息である。 なにか話した方がいいだろうか?と、ローシャが考えていると先にカインが話し掛けてきた。 「美しい庭でしょう。庭師に頼んである人をイメージして造らせたんです」 「そうなんですか」 カインでも想う女性でもいるのだろうか、とローシャは想像して似合わないな、と即否定した。 「とても美しい人でしてね、賢く善なる人でとても壊したくなる。でも、まだその時じゃないと思っているので美しい花々を眺めてこの花が無惨に散ったらどうなるかと夢想するんです」 にこりと微笑みながらする話ではない。 ローシャは口を引き攣らせてどう返答すべきか考えあぐねた。 「ねぇ、一つ質問いいかい?」 急に砕けた口調になり、身を寄せ闇の底から光るような爛々とした機体と楽しみに満ちた目でカインに問われる。 「もし、もしもの話だよ?君にとって大切なものが粉々に壊されたらどうする?」 物騒な物言いとは反対に、にこりと笑って尋ねられる。 ローシャの脳裏にいつも自身を心配して隣に居てくれる親友や家族、身の回りの世話をしてくれる使用人や友人の姿が脳裏を過ぎる。 「もし、もしもの話だよ?そんなことをされたら僕は相手に手酷いことをしてしまうかもしれない」 「おや、お上品な君の手酷いこととは興味があるね」 馬鹿にされているのか笑われてしまい、そして、そのまま黒い仮面の少年はローシャの頬に触れる。 「でも、君に手酷くされるのも一興だね」 ふふふと小さく笑って本気かどうか分からないことを言う。 「随分と悪趣味ですね」 「君にだけだよ」 にこりとまた微笑んでごまかされる。 「そうだ。今度お茶会をしようよ。二人でさ。君は好きな本でも読んでくれていていい」 まさに悪魔の甘言であった。 この少年がカインなら、この美しい庭を堪能して陽の光に包まれながら好きな本をのんびりと読める。 「僕が本を読んでいるのならあなたはどうするんですか?」 「そんな君を眺めているよ」 それの何が楽しいのか。いや、リオンもローシャが一人で本を読んでいてもお構いなしに話し掛けるタイプだったなと思い至った。 「考えておきますよ」 肩を竦めてベンチから立つ。 そろそろリオンと合流しなくては。 「それでは、僕はこれにて失礼致します」 頭を下げて礼をすると黒い仮面の男はローシャが名乗っていないにも関わらず言い当て片手をひらりと振った。 「またね、ローシャくん」 にこりと黒い仮面の男は微笑んだ。 やはりカインか、とローシャは嘆息した。 「ローシャ、いないのか?」 「ここにいるよ」 ちょうど探しに来たリオンと合流出来た。 「よかった。中々戻ってこないから心配したんだぜ」 「大丈夫だよ」 君達は僕が守るから。 言えない言葉を飲み込んで、ローシャはリオンと共にパーティー会場に戻った。 カインとの会話は相変わらずだったが、気になっていた人物達と話を出来たのは僥倖だった。 自分は三男で政治には関わることもないだろうけれど、この縁が役立つ時が来る。 ローシャはそう信じて邸宅を後にした。
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