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第16話 密室の謎
「ローシャ、知ってるか?南の大富豪の変死の話」
「ああ、密室で殺されてしまったとか。お気の毒なことだ」
飲んでいた紅茶を音も立てずにソーサーに戻しローシャは死者に弔いの念を込めた。
「犯人はまだ捕まっていないって話だぜ」
「ちょっと待ちたまえよ、リオン。僕はその大富豪殺害の犯人も密室の謎も解かないからね」
リオンに先手を打ち、ローシャはリオンにそう釘を刺す。
「なんでだよ。警察もまだわからない謎でもローシャなら出来るはずだろ?」
「どこから来るんだい?その根拠は…」
ローシャは呆れて首を振ったが、リオンは粘り強かった。
「その大富豪の屋敷がある領地の近くにうちの保養地があるんだ。一緒に行こうぜ」
ここまで来るとリオンは決して折れない。
幼馴染の言うことに素直に聞くのも癪だが、リオンの家が持つ南の保養地には美しい花々が咲いている頃だろう。
事件には興味がないが、そこでアフタヌーンティーを楽しむのならいいかもしれないとローシャは思った。
「分かった。南の保養地へ付き合うよ」
「やった!それじゃあ、2日後の朝にうちに来てくれよ。一緒に馬車に乗って行こうぜ」
「ああ、構わないよ」
そうして二人は大富豪が密室で殺害されたという南の地へと旅立った。
「相変わらずここの花々は美しいものだね。後で管理人さんに一言申し上げねば」
ローシャは相も変わらず優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいた。
それに不服を申し立てるのは事件を解決したいリオンだ。
「なぁ、そろそろ大富豪の家へ行ってみようぜ」
「リオン。何度も言うが僕達は貴族子息であって警察でも探偵でも何者でもない。それに、事件を解決しようとする義理も義務もないさ」
そう言いながら紅茶を一口飲むとソーサーに戻しクッキーを摘む。
ここの管理は庭だけではなく調理も上手いのか。さすがは公爵家の保養地だとローシャが感心していると、リオンは席を立ち上がった。
「もういい。それなら俺が一人で下見してくる」
「……縁もゆかりも無い公爵家の次男様が現れても門前払いだと思うがね」
「それでも!行って来てローシャが興味を引くようなことを見つけてみせるさ!」
ローシャはまた一口紅茶を飲むとひらりと手を振って返事をした。
「分かった、分かった。君が僕の興味を引くものを見つけたら一応は事件解決のために努力しようじゃないか」
「言ったな!約束だからな!」
そう言って出て行ったリオンは一晩経っても帰ってこなかった。
翌朝の公爵邸の保養地は大騒ぎだった。
「どうしましょう、ローシャ様。リオン様が一晩経っても帰って来ないなんて…。旦那様や奥様になんと申し上げればいいのか」
「落ち着いてください。確か大富豪の家へ行くと言っていましたね。僕が様子を見に行って来ます」
慌てふためく使用人達を落ち着かせ、ローシャはリオンが向かったとされる南の大富豪の邸を目指した。
リオンは南の大富豪の屋敷にいた。
しかも、丁重にもてなされていた。
亡くなった富豪の弟と名乗る男性と富豪の妻と名乗る女性から自身も丁重にもてなしを受けるのを断りリオンが滞在しているという客間に案内してもらい、訪れた客間でリオンはのんびりとくつろいでいた。
「みんなに心配を掛けて何をしているんだい、君は?」
「いやぁ、ちょっと寄っただけのつもりが公爵家の人間だと分かるともてなしを受けてなかなか帰らせてもらえなくてさ」
リオンが悪びれなく言った事にローシャは怒りを覚えたが、ローシャにはリオンの浅知恵はお見通しだった。
「そんなこと言って、帰って来なかったら僕が心配してやってくると思ったんだろう?」
「バレたか」
リオンは小さく舌を出した。
「大富豪なだけあってうちとたいして変わらないもてなしを受けたぜ」
通された客間を見渡すと、確かに公爵家であるリオンの家の調度品と見劣りしない品々が並んでいた。
「さて、ローシャも来たことだし謎解きするか!」
「しないよ。帰るんだよ」
心配を掛けておきながら飄々とそんなことを言うリオンにとうとうローシャは怒った。
だが、それで引き下がるリオンではなかった。
「まあまあ、とりあえず噂の現場だけでも見ていこうぜ」
吠え立てるローシャを宥めながら半ば強引に腕を引っ張りながら地下室へと連れて行った。
「で、これが噂の密室かい?」
普段、扉の施錠は鉄の棒で頑丈に閉じられていたのだろう。
「ああ、この中でこの屋敷の主人は灰皿で殴り殺されていた」
「ふぅん」
ローシャは話を聞きながら扉と鉄鍵を念入りに調べる。
「なるほど、随分と頑丈な鍵だね。この中で殺されて扉は閉められて密室になっていた、と」
ローシャが扉を前に腕を組んで考える。
そんなローシャにリオンはなんてことのないように言った。
「ここの鍵は鉄製なんだろう?だったら磁石で動かないか?」
その言葉にローシャが顔を上げる。
「そうか。外側から磁石で施錠している鉄の棒を動かせば密室になる」
ローシャは気がつくと同時に不機嫌になる。
「君に先に謎を解かれたのが悔しくてたまらない」
「俺は一晩もここに居て散々考えたからな。たまには俺だってやるもんだろ」
ウィンクをしながら得意気にリオンが笑う。
ローシャは少し不貞腐れながら周囲を見回した。
すると目に入ったものがあった。
ローシャがそれを見て口を開くより先にリオンが推理する。
「ちょうどそこにも調度品としてプレートアーマーがある。犯人はあれを使ったんじゃないか?」
「ああ、恐らくそうだろう」
ローシャはリオンにリードされていて調子を狂わされながらも頷いた。
「もう、僕が来た意味はないじゃ無いか」
「そんなことはないさ。ローシャが肯定してくれて俺は安堵しているんだぜ」
また軽口を、とローシャはリオンを睨むが問題がある。
「だが、それだと全員に犯行が可能だ。一体誰が撲殺し扉を密室にしたのか…」
「動機の点から怪しいのは奥方か弟だな」
その言葉にローシャはリオンを見た。
「君、まさか……」
「一晩暇だったからな。内部事情はバッチリ調べておいたぜ!」
ローシャは呆れ果てて首を力無く振ると、それでもリオンの仕入れた情報を静かに聞いた。
「確かに事業に失敗して負債を抱える弟君は富豪である兄君が亡くなれば財産の半分を相続されるし義姉の夫人に横恋慕していて、夫人はご主人から暴力を振るわれていたなら殺意がある可能性もあるな」
リオンの説明を聞いて、両者に動機があることを改めて知る。
そして鍵を見て考える。
「この鍵を開くには強い力が必要だ。犯人は男性の弟だと僕は思うね」
「やっぱりそう思うか?あのご夫人の細腕じゃ剣の一本も動かせそうになかったもんな」
「ああ。だが、この程度のこと警察ならもう分かっている頃合いだろう。僕達は帰るぞ、リオン」
「ちょうどよかった!アーサー警部も早馬で呼んで貰ったんだ!」
「アーサー警部まで呼んだのかい!?」
「だって、俺、知っている警察関係者なんてアーサー警部しかいねぇもん」
管轄外だろうとローシャが驚き呆れると同時に呼び鈴が鳴らされた。
二人で顔を見合わせると、訪れた人物はアーサー警部であった。
「いやぁ、リオン殿から早馬で手紙を頂いた際には何事かと思いましたがそう言う事情でしたか。早速現地の警察に報告致しましょう」
「お忙しいところリオンが申し訳ありません、アーサー警部」
悪びれないリオンに代わりローシャがアーサー警部に謝罪をする。
「いえいえ、事件ならば我々の仕事です。ですからお二人はくれぐれも何もなさらぬようにお願いしますよ」
「でも、もう犯人もわかってしまったんです」
リオンがアーサー警部に宣言する。
「なんですと?本当ですかな?ローシャ殿」
そこでリオンに尋ね返さずローシャに聞いてくる辺りローシャとリオンの信頼度が伺える。
ローシャは頷き答える。
「犯人は弟君だと僕は思います」
そこで二人の推理を披露するとアーサー警部も頷いた。
「なるほど、では現地の警察の到着を待ってお二人に尋ねてみるとしましょう」
アーサー警部の提案に従い、三人は談話室で推理に穴がないか、証拠もない事件にどう犯人を落とすか話し合いをした。
程なくして現地の警察が到着した。
「この事件の犯人が分かったとお聞きしたのですが」
「はい。この事件の犯人は弟君だと思われます」
ローシャが言うより警部であるアーサー警部が推理を披露する方が説得力があると思い、アーサー警部に任せてそう言うと、婦人が庇い立てした。
「いいえ、いいえ!夫を殺したのはわたくしです!罪はわたくしにあるのです!」
弟君を背にし、犯行を自供するのを弟君が制した。
「いいんですよ、義姉さん。そうです、僕がやりました。兄は義姉さんを殺そうとしていました。僕はそれが見過ごせなかった。話し合いで済めばよかったのですが、揉み合いになりつい灰皿で兄の頭部を殴りつけました」
弟君の言葉で夫人が泣き崩れた。
「彼は本当に何も悪くないんです。いつもの暴力がひどくなって殺されると叫んだわたくしの身を案じて助けてくださったのです」
尚も庇う夫人の背を弟君がしゃがんで摩る。
「そんなの、義姉さんのことを想えば当たり前じゃないか」
「本当に、本当にありがとう……」
そのまま二人のムードになろうとしているのをアーサー警部が咳払いをして止めた。
二人はいつの間にか繋ぎ合っていた手を離し警官達に謝罪しそれぞれが連行された。
「しかし、証拠もないのに自白してくれて助かりましたな」
アーサー警部はホッとした様子だった。
「ええ、本当に。妙な小芝居をせずに済みました」
「えー。俺はやってみたかったけどな」
そう、証拠も無いためもししらを切り通されれば小芝居を打って自白に持ち込む算段だったのだ。
「自白の強要は良く無いんですが……まあ、今回は自供してくれたので良しとしましょう。それでは、私は現地の警察と共に行きます。お二方もいつまでも保養地の方々に迷惑をかけるのはよくない。早く帰った方がよろしいですよ」
「はい。警部。すぐに戻ります。この度はありがとうございました」
「えー。もう戻るのかよ」
口を尖らせるリオンを置いてローシャはアーサー警部に一礼するとさっさと馬車へと向かった。
「そんなにここに居たければ好きなだけいればいいじゃないか。僕は帰るよ」
その言葉が本気だと察するとリオンも慌ててアーサー警部に一礼してローシャを追い掛けた。
「おい、待てよローシャ!冗談だって」
「君ね、あのお二人が善き人だからまだ大丈夫だったものだけれど、殺人犯のいる屋敷に一人で乗り込むなんて殺されるかもしれなかったんだよ?」
ローシャの怒りが本気だと分かると、これは数日間はちまちまと嫌味を言われるぞ、とリオンは覚悟した。
「本当にごめんって、ローシャ」
「まったくもう。あまり心配を掛けさせないでくれよ」
厳しい言葉の裏にある自身を心配する気持ちにリオンは嬉しくて笑った。
「何を笑っているんだい!緊張感の欠片もない……」
「いやぁ、いい親友を持って良かったなと思ってさ」
その言葉に照れたローシャの口撃はまた始まる。
リオンはそんなローシャに適当に謝って、馬車は和やかに進んで行った。
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