第8話 遺言書の行方

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第8話 遺言書の行方

「ローシャ、知っているか?あそこの商会を取り仕切っている伯爵家が今、ちょっとした騒動があるらしいぜ」 そんな事をリオンが言い出したのは、その噂の商会の前の店でお忍びで買い物をしていた時だった。 「騒動ってどんなだい?」 「御当主が亡くなられて遺産争いで身内で揉めに揉めているらしいんだ」 その言葉にローシャは眉を顰めた。 「リオン……人のご不幸をそんな噂話にするものじゃないよ」 少し機嫌を損ねたローシャに謝りながらリオンはローシャと買い物を続けたが、ローシャを名探偵にしたいリオンは思ってしまうのだ。 ローシャなら実は存在すると噂されている伯爵の遺言書を見つけ出して伯爵家の騒動を収められるのではないか、と。 「なあ、やっぱり伯爵家に行って遺言書を探してみないか?実は伯爵の末子が身内の争いに疲れて遺言書を探してくれる人を募集しているらしいんだ。行くだけ行ってみようぜ」 ローシャは深い溜息を吐いてリオンの懇願に了承した。 「見付からなくても僕は知らないからね」 「大丈夫!なんてったって名探偵ローシャだからな!」 ニヤリとリオンは笑い、伯爵家へと取り次ぎはリオンがするという事でその日は別れた。 数日が経ち、伯爵家に遺言書探しをする日がやってきた。 伯爵邸には現地集合で各々の馬車で訪れたが、伯爵邸には他にも遺言書探しに来た探偵やらなんやらが訪れていた。 「随分な騒ぎだね」 「最早誰が噂の遺言書を探し当てるか余興になっているからな」 人の喧騒に不機嫌だったローシャが余計に眉の皺が酷くなる。 「まったく、故人の意志が書かれた遺言書をそんな風に遊び感覚で探そうだなんて…そもそもあるのかも分からないんだろう?」 「まあまあ、伯爵は金遣いの荒い残りの家族のことを心配に思っていた。遺言書くらいあると思うんだ。それにその方が伯爵家のギクシャクした家庭内事情も円満に解決するだろう?人助けだよ、人助け」 リオンはローシャの肩を抱き伯爵邸へと入っていった。 伯爵邸はあるのかも分からない遺言書を見つけ出そうと自称探偵やらが蠢いており、諦めた人々で伯爵邸ではお茶会すら開かれており、単なる貴族の昼下がりとなっていた。 「こんなに人がいるのならもう見つけ出されても不思議ではないのだけれどね。遺言書の入っているという隠し金庫はそんなに巧妙に隠されているのかい?」 「未だ誰も見つけられないのならそうなんだろうぜ」 「ふぅん……」 ローシャの興味が少しそそられたのがリオンには分かった。 二人は伯爵家の人々に挨拶をし、応接間を出た。 「それじゃあ、隠し金庫と遺言書を探そうぜ!」 リオンが楽し気にローシャの手を引っ張って通路を進んだ。 「こういう場合、隠し金庫とやらは大体執務室か寝室等の個人的なに場所にあると思うな」 ローシャがそう言うので故人の所縁の地を探したが、目に見える場所には金庫自体がなかった。 執務室から寝室、書斎へ来た時だった。 「ふむ、見付からないね」 「そんなんじゃ困るよ、ローシャ!ちゃんと探してくれよ!」 「探しているよ……おや?」 ローシャの目が一点を見詰めた。 「どうした?なにか気付いたのか?」 「まだ不確かだけど気になることがあるな。ちょっと調べてみるよ」 そう言うとローシャは書斎の本棚を調べ始めた。 一冊一冊丁寧に背表紙を読み込むと頷いた。 「なるほどね」 「なんだよ!もうわかったのかよ!」 リオンが訊ねるとローシャは首を縦に振った。 「隠し金庫に繋がるかわからないけれど、気になることが出来たよ。見てご覧よ、この本棚を。丁寧にABC順、背の高さも揃えられて几帳面な性格が伺える。しかし一冊だけ少し変えられている。こんな怪しいことはないよ」 「本当だ。で?この本をどうすれば金庫が出てくるんだ?」 「こういうものはだいたい押すか引くと何かが起きるんだと思うけれど」 そう言いながらローシャが本を押すと本棚の下段の棚の隙間が自動的に開いた。 「やったぜ!ローシャ!金庫だぜ!」 「問題はこの金庫の開け方だね」 隙間から現れた金庫にはプッシュ式の数字が付いており、正解の数字を押さないと中身を開ける事は出来なかった。 ローシャは金庫を前に考え込むとリオンに指示した。 「リオン、彼等の注意を引いておいてくれないかい?」 「注意を引くって、どうやってさ?」 「彼等は幸い自慢話に底がないみたいだからね。精々付き合ってやれよ」 ローシャがそう言うとリオンが嫌そうに顔を顰めた。 「その間に僕は金庫から遺言書を取ってきてこの馬鹿らしいお茶会を終わりにするよ。それまでの間、彼等の存在が邪魔なんだ。頼んだよ、リオン」 「遺言書を取ってくるって、どうやって金庫を開けるのか分かったのかよ!?」 「まあね。それじゃあ、やってみるよ」 リオンが伯爵家の人々から散財で傾いたとは思えない美術品の数々の話を聞かされ右から左へと聞き流していると、ローシャが亡くなった御当主の遺言書を持ってサロンへやってきた。 「ごきげんよう。故人の遺言書を見つけましたので弁護士の先生をお呼びください」 「ローシャ!金庫を開けられたんだな!」 突然の遺言書に伯爵家の人々が驚いていると、末子が冷静に顧問弁護士を呼び寄せた。 顧問弁護士が伯爵でに訪れるまでの間、ローシャは事の転末を遺族に話をした。 「この隠し金庫のロックはプッシュ式のボタンを押す事で解除されます。そこで解除方法ですが、このボタンをよく見てください。一部のボタンだけ押され続けて周囲が黒ずんでいます。つまり、周囲が黒ずんでいるボタンを解除番号に合わせて押せば金庫が開くのです」 伯爵の人々は執務室で開けられた金庫を前にローシャの言葉に聞き入った。 「一体どうやって解除番号なんて分かったんだ?」 リオンが訊ねるとローシャは頷いた。 「それは、番号を順に試していっただけの地道な作業だよ。幸にして数字が三桁しか無かったから予定より早く解除出来たよ」 「だから俺に時間を作らせて番号を当てたのか」 「そういうことだよ。おかげで集中して解除出来た」 「……ちょっと待てよ。それじゃあ、俺がいたら集中出来ないってことか!?」 リオンが喚くがローシャは肩を竦めるだけだった。 伯爵家の人々は亡くなった御当主の遺言書よりそこに書かれているであろう遺産配分に頭がいっぱいですぐにでも遺言書を開封したいところだったが、ローシャが弁護士が来るまで決して渡さなかった。 ローシャは故人を悲しむより金の算段をする連中よりも故人の意志を尊重したかったのだ。 紅茶も冷え切った頃、汗だくになりながら伯爵家の顧問弁護士が到着した。 「さあ、弁護士の先生。これが伯爵の遺言書です。よろしくお願い致します」 ローシャが金庫から取り出した遺言書を弁護士に手渡した。 「確かに預かりました。……表紙の筆跡も伯爵のもののようだ。これは確かに伯爵の遺言書でしょう」 そして問題の遺言書は開封された。 伯爵の遺言書には、全財産を寄付すると書かれていた。 「あの時の伯爵家の連中の顔ときたらもう!傑作だったぜ」 「人の不幸を笑ってはいけないよ、リオン。まあ、人の財産を当てにするのも良くはないけれどね」 伯爵邸を後にして各々の馬車に戻るまでにローシャとリオンが談笑していた。 「それにしても隠し金庫かぁ。ローシャには隠したいものなんてあるのかよ」 「さてね。だけど、人間誰しも秘密の一つや二つあるものだと僕は思うけれどな」 それを聞いたリオンはにんまり笑った。 「なんだよ。長年の幼馴染で親友の俺にすら言えないことがあるのかよ。教えてくれよ、ローシャ」 厄介な事になったな、と思ったローシャはリオンを振り切りさっさと自宅の馬車に乗り込みまだ問い詰めるリオンの鼻先で扉を閉めた。 まだ外で騒いでいるが、ローシャは冷静に「出してくれ」と命じると伯爵邸を後にした。
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