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子供が社会人になり巣立ちしていくと急に緊張がほぐれたのだろうか、君は急病で倒れ、病院に緊急搬送された。
命に別状はなかったが症状は重く、体を動かすことができず、家族の事も忘れてしまった。
毎日病院に通う日々が続いた。いつも独り言を呟いていた君だけど、いつしか言葉少なくなり、一年過ぎた頃には通い続けることも意味がないことを悟り、週に一度顔を出すだけになった。
でもこうして二人の時間を静かに過ごすようになってから、初めて『結婚』という言葉に辿り着いた。
いついかなる時も——あの牧師の言葉を思い出していた。
どんな状況にあっても助け合う二人、結局僕も君という存在に支えられている。
君が生き続けていること。それが僕の喜びであり、生きがいであり、世界の全てだ。
「キスをして」
そんなことを考えている時、君はうわ言のように呟いた。
高校時代の告白でも思い出しているのだろうか、偶然かもしれない。
そのキスは恋なのか、愛なのか、どちらでもいい。
僕は少しだけ奇跡を信じてみたくなった。
結婚式の時、忘れてしまった夫婦の契りを再び。
「いついかなる時も、病める時も、健やかなる時も、あなたを支え、愛します」
僕は独り言を呟くと、ベッドで眠る彼女に顔を近づけ、誓いのくちづけを交わした。
カサカサと乾いた感触ではあったけれど、何より大切なものを取り戻せたような気がした。
君よ、深い眠りの呪いを解き、もう一度夫婦の時を与えたまえ。
「さよなら」のキスはまだ早い。
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