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結局、何時もの様に、達彦は正月にも戻らず、年が明けた。
その歳の二月、施設の用事で行った、隣町で偶然、達彦と会った恵奈は
「何やってんのよ、ちっとも家に帰らないで」と、詰ると
「俺は、帰りたいんだよ、だけど、女が、離してくれないのさ」と、嘯く。
「いい加減に、、」と、言い終らないうちに、達彦は、走って逃げた。
「ふん、逃げ足だけは、昔から早かったよね」恵奈は、唇を噛む。
一つ年下の達彦は、小さい頃から、何をやっても恵奈には適わなかった。
勉強も、泳ぎも、櫓を漕ぐ事も、釣りや潜りっこも、何一つ適わない。
喧嘩になっても、正論を言う恵奈に、言い負かされて
何も言い返せなかった。
達彦は、大人になっても、恵奈が煙たいのか、恵奈が、島に帰ると
必ず、友達や、女の所に行ってしまう。
その達彦は、後家さんの所に居ながら、他の旦那もちの女を口説いていた。
そこに、その旦那が怒って来て、追いかけられ
達彦は、自転車に乗って、逃げて行ったが、無灯火だったので
何かにつっかけて、大きく転び、足の骨を折って、入院した。
自業自得だと、皆に笑われ、その話も、本郷中に広がって
病院へ行った鶴と亀は「いったい、どんな躾をしたのやら」と
聞こえよがしに言われた。
いつもの事ながら、情けない思いを抱えて、島に帰って来た亀は
「いつまでも、一人で居るからじゃ、結婚させたら、落ち着く」と、言い出す「そんな事を言っても、誰も、あんな、達の嫁になる者など、おらんわ」
鶴が、吐き出すように言う。
「じゃから、恵奈に頼んで、嫁になって貰おうよ」「ええっ」
そんな事で、達彦の素行が収まるのか、第一、恵奈は承知などすまい。
そう思いながらも、鶴は、恵奈に相談した。
恵奈は、その日、ディサービスに連れて行った、入居者の迎えに行く途中
ふと、中学校の校庭を見た、騒がしい女生徒の輪から離れ
千波は、一人でポツンと立っていた。
虐められてはいないが、仲間には、入れて貰えてないのか
寂しげな、その姿は、恵奈の気持ちを、大きく揺らした。
もし、達彦と結婚して、少しでも素行が改まれば、千波も
あんな寂しさを、味わわなくても良いかも知れない。
亀婆の「頼む、この通りじゃ」と、泣きながら拝む姿にも、絆された。
私が、何とかしないと、皆を、これ以上、苦しめたくない。
そんな思いも有り「良いわ」と、言ってしまった。
亀婆は、ボロボロ涙を零しながら「有難う、有難うよ」と、恵奈の手を握る。
「恵奈、本当に良いのか?」鶴婆が、心配そうな顔で聞く。
「うん、私が、何とかするわ」恵奈は、力強く言う、そして
あんな達彦と、結婚するのは、千波の為なんだと、自分に言い聞かせる。
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