帰郷

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両親が居ない達彦の為に、寛治と伸江は、親代わりになっていた。 亀も、一人は寂しいので、昼間は、ずっと鶴の家に居て 鶴と一緒に、千波と遊んでいた。 寛治と伸江は、今まで通り、二人で一本釣りの漁に出て 身体が、元に戻った恵奈は、大島の魚の加工所で 半日だけ、干物作りの仕事をしていた。 千波は、鶴と亀が、子守をしてくれるので、一日働いても良いのだが 出来るだけ、千波の傍に居たかったからだ。 やがて、達彦は高校を卒業し、寛治と先生が奔走して 隣の県に有る、パン工場の事務員として、就職できた。 本人は、もっと良い所に、就職したかった様だが、両親が居ないと言う ハンデが有って、それは適わなかった。 これで、やっと一安心だと、亀も鶴も、寛治夫婦も、そう思った。 ところが、達彦は、その工場を、三カ月もしないうちに辞めて 一か月程、どこかへ姿をくらませていたが、いつの間にか、同じ町で ブティックの、店員になっていた。 だが、そこも直ぐに辞めてしまい、またどこへ行ったのか、音信不通になる。 寛治は、達彦が迷惑を掛けた所に行って、謝り続ける。 「しようがない奴だな~」と、寛治は、溜息をつき 「亀が、甘やかすからだよ」と、鶴が言う。 両親が居ないからと、亀は、達彦を甘やかし、何でも言う事を聞いてやった。 「いい加減にした方が良いぞ」と言う、鶴や寛治の言う事には 耳を貸さなかった結果だった。 「そのうち、落ち着くさ」と、亀は言ったが、皆には、そうは思えなかった。 それだけが、悩みの種だったが、千波は、元気に三歳を迎え 恵奈は、二十歳になった、心ばかりの成人の祝いをしてくれた両親は 翌日、海から帰らなかった、警察に連絡して、捜索した結果 寛治と伸江は、変わり果てた姿で、海から引き上げられた。 何らかの事故だったのだろう、船だけは、そのままだった。 鶴も亀も、頼りにしていた二人に死なれ、なす術も無く 「神様も、あんまりだ」と、泣いてばかりだった。 何も知らない、千波だけが、元気に走り回っていたが 恵奈も、心身ともに、頼り切っていた、二人に死なれ、何日も泣き明かした。 だが、泣いてばかりもいられなかった、両親が居なくなったのだ。 働いて、鶴と千波の生活に必要な、生活費を、稼がなくてはいけない。 そう思っていた恵奈の元に、瑠衣から手紙が来た。 「恵奈が居なくなって、寂しかったので、従弟の家で、一緒に暮らしていたが その従弟も、病気で入院し、そのまま介護施設に入り 一人になって屋敷に戻ったが、一人で暮らすのは辛い。 お母さんが、元気になっているなら、また、一緒に暮らして欲しい。 娘夫婦は、日本の会社は、親戚に譲り、アメリカに腰を据える事になったので 私が、死んだ時以外は、もう、帰って来る事は無いだろう」と、書かれていた その文面には、娘夫婦に、一人置き去りにされた、老女の寂しさと 悲しさが、詰まっていた「大奥様、、」恵奈は、涙を零した。
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