帰郷

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帰郷

水木恵奈(16歳)は、泣きたい思いを抱えながら、長い時間列車に揺られ やっと本郷と言う町に着いた、だが、恵奈が行く先は、その町から 更に船で行く、小さな島、陰の島(いんのしま)と呼ばれる島だった。 本郷の港の、すぐ目の前には、大島と呼ばれる、比較的大きな島が有り 人口も多く、魚の製造業や、蜜柑作りなどで、栄えていた。 その大島から遠く、大島に、すっぽり隠れてしまう、小さな島 それが陰の島だった、昔は、かげの島と呼ばれていたらしいが いつの間にか、いんの島と、呼ばれる様になっていた。 駅に、迎えに来ていた母と共に、港まで歩いて行った恵奈に 「恵奈、お帰り」と、船の上から迎えてくれたのは、父親だった。 「荷物、これだけか?」「うん」そう言いながら、父の船に乗る。 船は、大島を超え、影の島に向かって、海原を突っ切る。 親子三人には、会話は無かった、いきなり務めていた先を辞めて 帰ってきた娘、何か有ったに違いないが、それは、家でゆっくり聞こう。 父と母は、そう思っていたし、恵奈は、何も話さなかったからだ。 陰の島には、昔は十数軒の家が有ったが、住人は、不便な島暮らしを嫌がり どんどん島から出て行って、去年までは、三軒だったが 今年は、もう二軒しか、残っていなかった。 その二軒には、鶴と言う姉と、亀と言う妹が住んでいて 今、船に乗っている夫婦は、鶴の息子夫婦だった。 亀の息子長太は、三年前、本郷の町で、車に轢かれて死んだ。 その妻は、十年前、島暮らしと姑の亀を嫌って 五歳の息子、達彦を残したまま、島を出て行った。 達彦は恵奈より一つ年下で、今は、寄宿舎の有る、高校へ行っている。 「恵奈、お帰り」鶴の家には、亀も来ていて、一緒に出迎える。 「ただいま」それだけ言って、恵奈は、自分の部屋に入る。 「恵奈、何が有った?」後から付いて来た母が聞く。 恵奈は、その母の膝に泣き崩れ、妊娠している事を告げる。 「な、何だって?相手は?相手は誰なんだ」「旦那さん、、」 恵奈は、蚊の鳴くような声で言った。 「だ、旦那さんだって~」母、伸江の驚きの声で、皆もやって来る。 「そ、それで、旦那さんには、言ったのか?」「うん、、、」 「それで?」鶴が聞く「子供が出来たって言ったら、降ろせって お金を呉れて、そのままアメリカに行った」「、、、、」皆は、声も無かった 恵奈は、家が貧しく、高校へは行けなかった。 それで、遠くにある縫製工場へ集団就職して、毎日、ミシンと格闘していた。 仕事にも慣れ、同じ女工の年寄りたちの、話を聞いてやったり 仕事を手伝ったりしていたら、それを見ていた、工場のオーナーが 「貴女、私の母の世話をしてくれない?」と、言う。 オーナーは、男顔負けに、バリバリ働く女性だった。 ファッション業界の有名人で、世界中を飛び回っていて 母親の、面倒を見てやる暇が無いのだと言う。 「お給料は、今までの倍にするから」と言う言葉に負けて、承知した。 その母、瑠衣は大きな、お屋敷の離れに住んでいた。 世話をすると言うから、よぼよぼかと思っていたが、70歳近いと言うのに どこも悪い所も無く、元気一杯だった。 ただ、一人で寂しいのか、話し相手をさせ「仕事仕事で、子供も作らず 何を考えているのやら」と、娘夫婦の愚痴をこぼす。
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