第0話

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第0話

 何故こんなことになったんだろう。  視界いっぱいに広がる光景を呆然と眺めながら心の中で呟いた。  落ち着け私。まずは現状のおさらいだ。  ついさっき私は学校が終わってるんたったー♪とスキップしながら帰ってるところだった。  学校帰りに友達とカラオケ?友達とショッピング?何それおいしいの?な典型オタクぼっちな私は買ったばかりで未開封の新作ゲームに心躍らせていた訳ですよ。  明日は土曜日だやったね丸1日プレイできるぜー放任主義な両親バンザーイ!なーんて思いながら帰っていた訳ですよ。  それがいきなり立ち眩みがして目を開けたらあら不思議。通行人が疎らにいた住宅街から一転、木々が生い茂った一面大自然に早変わり!空気が美味しいわ!ひゃっはー!  いや意味分からんし。これ漫画とか小説によくある異世界転移ってやつだよね?まさか自分が体験するなんて思わなかった。人生って何が起こるか分からないもんだね。  チェンジ!チェーーーンジ!!  こういうのはね、異世界転移して喜ぶやつが選ばれるべきだと思うの。なんかチートな能力貰って俺tueeeeとかやってればいいって思うの。な・の・に、なんで私!?全然嬉しくない!新作ゲームが私を待ってるの!誰か他の人とチェンジして神様!  なんて必死に願ったところで現状は変わらない。現実なんてそんなもんさ。ははは。  はぁ、とがっくり項垂れて頭を切り替える。  現状を嘆いてても時間が巻き戻る訳でなし、今後のこと考えなくちゃ。  周りをぐるっと見てみる。森。以上。  それ以外どう言えと?見渡す限り木ばっかなんよ?傾斜がないから山じゃなくて森だなーくらいしか浮かばんわ。  街道は見当たらない。小鳥の囀りが聞こえてくるので野生動物は生息している。  スマホを見る。圏外。うん知ってた。  時刻は16時37分。夕日が綺麗だなー。日本と時間のズレはなさそうだね。  よし、確認。  ここはどこかの森の中。街道はない、人も見当たらない、連絡手段もない。ないない尽くしじゃーん。  冗談言ってる場合じゃねぇや。これからどうしよう?水と食糧の確保は急務だよね。陽が落ちる前に水だけでもなんとかしなきゃ。じっとしてても事態が変わる訳でもないし、とりあえず歩くか。  学生鞄から辞書を取り出してそろりと歩き出す。なんで辞書なんだって?武器になりそうなのがそれしかなかったんだよ!  読書中に分からない単語調べる用に持ち歩く癖があって良かったー。高校入学のときにスマホデビューしてから使ってなかったけど。だってスマホで検索する方が早いもん。  尚、鈍器として使いますが何か。  異世界転移ってあれじゃん、転移先の世界にモンスターがいるのがセオリーじゃん。何でもいいから武器持ってないと怖いっす。  肉食獣が寄ってこないように気配を消して、なるべく音を立てないように抜き足差し足忍び足。  しばらく歩いていたらウサギさんとエンカウント!  真っ白な体毛が綺麗だね。真っ赤な目が血走ってるけど。鼻をピクピクさせて愛らしいね。吐く息めっちゃ荒いけど。垂れ耳がチャーミングだね。私の腕くらいの長い牙を剥き出しにしてるけど。 「ひぎぃっ……!!」  女子らしくない悲鳴が口をついて出た。  ななな何あれ!ゾウ並みにでっかいんだけど!?早速モンスターと遭遇かよ!  後ろ足をリズミカルにダダンッと踏みしめ、前傾姿勢になる巨大ウサギ。餌認定して飛び掛かろうとしてるんですね、分かります。  辞書をぶん投げてみた。軽く避けられた。 「ど畜生がぁぁぁ!!」  鈍器代わりの辞書があってもどうにもなんないじゃねぇか!と思いつつ予想通りどえらいスピードで飛び掛かってきた巨大ウサギを寸でのところで避けた。で、そのまま逃走。  臆病者の瞬発力と逃げ足の速さを舐めるなよ脚力お化け!  森の中を爆走する私とぴょんぴょん跳び跳ねて追いかけるウサギの図。決してアハハウフフ♪な関係ではない。追い付かれたらジ・エンドな地獄の鬼ごっこ真っ只中だ。  しかし悲しいかな、いくら逃げ足が速くても非力なオタクのみそっかすな体力じゃあすぐに力尽きるのがオチでして…… 「はぁっ、はぁ……ここまでか……」  木に凭れかかってカッコよくキメてみた。どやぁ。  まさかいきなり異世界トリップかーらーの突撃魔物の晩ごはーん☆食べられるのは私だぜっ!な展開になるとはね。いやぁ参った参った。  獲物を追い詰めて嬉しそうに口元を歪ませ、待ちきれないとばかりに飛び掛かる巨大ウサギ。いやにスローモーションに見えるそれをぼんやりと見上げる私。  知らない世界に放り込まれた恐怖も、未知の生き物に食べられる恐怖もあるけれど、一周回って冷静になった。諦めたとも言う。  あーあ、短い人生だったなぁ……  ゆっくり瞼を閉じたそのとき、石を打ち鳴らすような音がどこからか聞こえてきた。そして…… 「……やば。出力調整間違えた」  そんな焦り声が耳にするりと入り込んだ瞬間、私の身体は強烈な光と激痛に包まれて意識を手放した。
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