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「大勢の騎士達がやられた。お前のせいだ」
魔物の大群を必死の思いで私と、少数の騎士達と倒していた。なんとか国境の砦前まで食い止められた。街には被害なし。だが多勢の魔物に、少数の騎士達と私では無理があった。
本来ならばこちらに応援を寄こすべきなのに、王と王妃のピクニックへの警護のために却下された。
もう一度言う。
王と王妃のピクニックのための警護だ。
今回は国境の砦前まで食い止められたから良いものの、国の危機なのにピクニックに行くと聞いて私は耳を疑った。
こんな魔物を剣や魔法で倒す、血みどろの戦いなんて平和な日本には無かった。
私はいきなり、この国に異世界召喚された。いくら流行りだからといって、召喚されたくなかった。
この国を守ることを条件に、日本へ還してくれることになっていた。
なので、召喚されてから二年間。必死に騎士達と血が滲む訓練をして、なんとか魔物と戦える力をつけた。
女の子だから……なんて、甘えられなかった。
体中傷だらけ。何度、命の危険があったか。もう忘れた。
そんな歯を食いしばって生き延びて、異世界召喚されてから二年。
やっと魔王の城までたどり着いた。
ついて来てくれたほとんどの騎士達が倒れて、戦士•魔法使い•僧侶と勇者のパーティーのみになってしまった。
「あ――あ。もういい加減、野宿はやめて欲しいわ」
貴族令嬢の魔法使いが、私を睨みながら言った。ここは魔王の城の前。立派な宿屋なんかない。
「だな――! 俺達は貴族で、平民なんかと一緒なんてキツイわ」
貴族の三男坊の戦士が、吐き捨てるように言う。
ちなみに『平民なんか』とは、私……藤崎 香菜のことだ。
異世界召喚されたから、地位なんてあるはずないのに嫌味を言ってくる。
「まあまあ。後もう少し。魔王を倒せば帰れますから、頑張りましょう」
フォローしてくれたのは、癒やしの魔法に秀でた男爵家の嫡男。なかなかのイケメンさんだ。
「は――い」
「そうだな。頑張るか」
二人を諌めてくれた。
道中。二人は、地位のない私に嫌がらせをしてきた。貴族って大嫌いだ。
「魔王を倒したら、あんたなんか用無しだから。僧侶に色目使わないでよ」
貴族令嬢の魔法使いにそんな言葉を、通り過ぎるときに耳元で言われた。
「そんな……。私は!」
私が言い返そうとしたら、フン! と顔を反らされた。
苦楽を共にする、勇者パーティーなのだから仲良くして欲しかった。だがいつも私は、のけ者だった。
野宿して態勢を整えてから魔王城に突入した。
それは激しい戦いだった。次から次へと溢れ出てくる魔物。
返り血を浴びながら、進む勇者パーティー。
あともうあの扉を開ければ、魔王の玉座の間……という所で勇者は深手を負ってしまった。
「アベル……。傷を治して」
ポタポタと胸から床に落ちる自分の鮮血を見ながら、僧侶に治療をお願いする。
魔力を温存するために、私はここまで治療をお願いしていない。
「え――! 私の方が先よ! この頬の傷を、早く治して!」
見ると貴族令嬢の頬に、傷ができていた。致命傷ではない。
「仕方がないですね」
僧侶は貴族令嬢を優先して、頬の傷を治した。
「残らないようにしてね」
もう! と文句を言いながら傷を治してもらっている。
「あの……私も」
次は私を治してもらおうと、話しかけた。
「はぁ!? 俺の方が先だ!」
戦士が腕をひどく負傷していた。だが私の方がひどい傷だ。アベルに顔を向けて、再度お願いしようとした。
「ああ。これはひどい。すぐに治しましょう」
僧侶は私にではなく、戦士にそう言ってケガを治し始めた。
貴族令嬢の魔法使いと戦士は私を見て、笑った。
なぜ、私はこんな屈辱を味わなければならないのか。仲間を助けて来たはずなのに、そうではなかったのか。
私の中の何かが、切れてしまった。
ポタポタと流れる血を、ギリギリの自分の魔力で何とか塞いだ。できれば魔王との戦いまで、自分の魔力を戦う用に残しておきたかったが。
私は魔王の、玉座の間の扉を乱暴に開けた。
もう疲れた。ここで倒されてもいい……と単身で魔王へと、がむしゃらに突っ込んで行った。涙を流しながら。
「待て」
「!?」
魔王が声を発すると、その場にいた者達……魔物も含めて動きが止まった。
他の勇者パーティーは、玉座の間の前の部屋にいて動きが止まっていた。
「お前が勇者か」
私は圧倒的な強さに魔王を目前にして、立ち震えていた。
漆黒の長い髪の毛に、禍々しい金の瞳。膨大な闇の魔力量に恐怖を抱いた。
「お前が召喚された時から視ていたが、だいぶひどい扱いをされていたようだな」
魔王は人間のように、私に話しかけてきた。
「なっ……? 私を、視ていた?」
召喚された時から視ていたのは驚いたが、私がひどい扱いをされていた と言ってきたのはもっと驚いた。
確かに私は、この国の王やその臣下達にひどい扱いをされてきた。
だが、なぜ魔王がそんな感情を持っているのか。
「我はこの世界で生まれた。が、もともとは人間で、人間の感情を持って生まれた。おぬしは、ひどい扱いされていた」
私は混乱した。人間より、魔王の方が私を気遣ってくれている。
「だ……、騙されない」
魔物は甘い誘惑の言葉を吐くと聞いた。
玉座に座り、頬杖をついていた魔王が立ち上がり私の方へ歩いて来る。
「ひっ……!」
殺られる……! 体は動かなかった。ただ、目をつぶって死を待った。
「……?」
おかしい。いつまでも待っても、痛みは無かった。
その代わり、優しく何かに包まれていた。
「騙しはしない。カナ。我と結婚し、夫婦となろう」
……え? 私の耳がおかしくなったのだろうか?
魔王が私に、結婚し夫婦になろうと言ったような?
優しく包まれたモノの正体は、魔王に抱きしめられていた両腕だった。
「は、は、離せ! ……離して!」
恐怖と混乱で離れようとバタバタしたが、力強い腕が私を離さなかった。
「カナ。我と結婚し夫婦になれば、ひどい扱いをした国に復讐ができるし、離れられるよ」
顔を近づけて私に囁やいた。
なぜ私の名前を知っているのか。本当に視ていたのか? 色々な疑問が頭の中に巡ったが、国から離れられると囁かれて、心がグラリと揺れる。
「な、なぜ? なぜ、私と結婚しなければならない? サッサと私を倒して、世界を手に入れればいい事だろう!」
そうだ。私と結婚しなければいけない理由なんてない。魔王は強いのだから。
「いや……。我は世界なんて面倒だから、いらん」
魔王は私をまだ抱きしめながら言った。面倒? 世界を、面倒と言ったぞ。
「だいたい、我は。魔物は魔物、人間は人間と別の世界でそれぞれ暮らしたいのに、争いを仕掛けてきたのは人間、そちらだ」
私は驚いた。何度目だろうか?
争いを仕掛けてきたのは人間? あの王ならやるかねない。
「で、我は勇者に倒されたくもないし。勇者が召喚されたのを知って監視したら、君で……」
腕が緩んだので、顔を上げて魔王を見上げた。
漆黒の髪の毛に金の瞳。禍々しいけれど、近くで見ると綺麗で……。あれ? とっても顔が整っている。
いわゆるイケメン、だった。
「君に一目惚れした。一生懸命、歯を食いしばって剣の練習をして周りからひどい扱いされても我慢して……。そんな所に惹かれて、ずっと視ていた」
「えっ……!?」
ひ、一目惚れ!? まさか!
「我……、俺の力が怖いなら、君の力で封印してくれてかまわない」
「ふ、封印!? そんな!」
そんな馬鹿な! 自ら私に、封印してと頼む魔王は聞いたことない! ……魔王と会ったのは初めてだけど。
「それに。あいつらは、君をもとの世界に還す力はない」
魔王は私の頬を撫でた。私をもとの世界に還す力はない……?
「えっ……? だって、この国を守ったら。魔王を倒したら、還してくれるって言った……」
王が私にそう言って剣を渡してきた。まさか、あの約束は嘘だったの……?
「嘘……。嘘でしょう!? あんなに……、あんなに辛かったのに!」
「魔王が信じられないのは仕方がないが……。ちょっと一度試してみるか?」
魔王はニヤリと、私に笑ってみせた。
試す?
「何を試すの?」
「俺だけの力じゃ、還れない。君の魔力をパワーアップしてからフルに溜めて、俺の力と合わせて還れる」
魔力と勇者の力を合わせる位、膨大な魔力を使うらしい。……と、なると王が私を還すことが出来ると言ったのは、嘘だったと分かった。
だって、勇者より魔力が多い人なんかいなかったもの。
「あなたの話は嘘をついてないと、分かったわ」
私は見上げて魔力に話しかけた。
「じゃあ……」
「だけど! いきなり夫婦になれっていうのは、無理よ」
意外にも魔王は、シュンと項垂れた。ショックだったのかしら?
「あ、あなたのこと、よく知らないもの……」
なんだか恥ずかしくなって下を向いた。
そのとき、勇者パーティーの魔法使いがこちらに向かって怒鳴ってきた。
「何やってるのよ! 勇者の身を犠牲にしてでも、魔王を倒しなさいよ!」
魔王の威圧感のせいで、動けないのに言葉だけは強気だ。
「そうだ! 役立たずのお前が、犠牲になれ!」
戦士も腰を抜かしたまま、罵倒してきた。
ひどい……。犠牲ってなに? 役立たず? 私は傷だらけになりながら、魔物からこの国を守ってきたのに。
「だまれ!」
魔王が言葉を発すると空気が揺れた。
勇者パーティーの人達は、ブルブルと震えていた。
「不愉快だ。去れ」
バッ! と魔王が腕を上げると勇者パーティーの人達は消えていた。
「あ、あの人達は?」
恐る恐る魔王に聞いた。
「ああ。魔の森の中に飛ばした。声を失わせたから、もうひどいことは言われないだろう」
「声を……」
気の毒……だと思うけれど、命が助かっただけでも良かった。
「どうだ? 俺と結婚したら、この国を支配できるぞ?」
まさに魔王の囁き。
「……魔王様、素直に好きだから結婚して下さいって言ったほうが、良いですニャン!」
振り向くと、猫に黒い翼がついた魔物が話しかけてきた。
「わ、分かってるが……! 緊張してうまく話せない」
へ? 魔王が緊張している? 私は思わず笑ってしまった。
「なに? 魔王が緊張って。ふふふふ……」
何だか、体の緊張がほぐれた。
「……先ほど話した、もとの世界に一瞬だが……見せてやろう」
「え」
魔王は私の返事を聞かずに魔法を使った。
抱きしめられていたので、近い距離だったので相当な魔力を使っているのが分かった。これじゃあ、あの国の人達では無理だ。行きはよいよい、帰りはこわい……だ。こちらに呼ばれたとき、そうとうな犠牲を払ったに違いない。
「わ……!」
一瞬で景色が変わり、日本の街並みが空中から見下ろせることができた。二年ぶりの故郷の風景に涙が流れた。
あれ? でも……。
「カナ。あちらの時間の流れとこちらの時間の流れは違う。気がついたか?」
やはり。かなり街並みが変わっていた……というより、まったく違っていた。
「私の……還る場所じゃない」
空に浮かぶ私を引き寄せて頭を撫でた。頭を撫でられるなんて、子供のとき以来だ。
「泣くな」
魔王は私の涙を指で払った。
たぶん私を知っている人は、もういないだろう。残酷な現実に私は、魔王にすがりついて泣いた。
「時間だ」
魔王がそう言って魔法を唱えた。
知った空気の匂いに、また異世界に戻ってきたのだと感じた。
異世界に呼ばれてから、いくら泣いたって慰めてくれた人はいなかった。魔王が初めてだった。
「条件がある」
私の涙が収まるのを待っていた魔王に話しかけた。
「ああ。聞こう」
艷やかな漆黒の長い髪の毛がサラリと風に流れた。
「あなたの力を封印する」
魔王はこちらがびっくりするくらい、素直に頷いた。
「そして、魔物対人間のこの争いを終わらせたい」
「よかろう。下等な魔物は聞かないが、人間に手出ししないように命令をする」
「そうしてくれ」
「人間側も、魔物に手を出さないように」
「王を脅して、魔物に手出ししないようにしよう」
私と魔王は約束した。
それから私はお城に戻って王を説得し、魔物と人間の争いを終わらせた。
魔物を全滅させろと、反対意見があったが私が勇者の力を見せつけて黙らせた。
そう。私のこの勇者の力は、国を全滅させることができるくらい強大だ。
王達は、日本に還りたい私の弱みを握って良いように操作していたわけだった。もう騙されない。
そうして私と魔王は最強の夫婦になった。
……でも国を滅ぼしたり、支配する気は全く無い。
面倒だもの。
王に国を任して、私は国民の幸せを見守っていく。そして、王が間違いをしないように監視する。
これでいい。
魔王は意外にも私に優しくて、無理強いはしてない。もしかして、理想の夫なんじゃないか……と思い始めた。
気がつくと、魔王を好きになっていたらしい。
しばらくして……。努力して私の魔力量を上げきった日。
魔王の力と勇者の力を合わせて日本に還れる時が来た。
「還っても、カナの知っている人はいないかもしれない。それでもいい?」
優しく魔王は私に問う。
「それでも還りたい……」
「分かった」と短く返事をする魔王。
二人の力を合わせる。
「還ってきた……」
だけど知らない場所。
調べたら私は行方不明となっていた。時間のズレで年齢も合わないし、知り合いもいなかった。
覚悟をしていたけれど辛い……。
「……そういえば魔王は、いつ帰るの?」
私は魔王に聞いた。
「帰れないよ。しばらくしないと、二人の魔力量が貯まらない」
あっさりと魔王は私に言った。
「ええっ――!? そんな、あなた、帰れないって……」
河沿いの道を二人で歩いていた。これから住む所を決めたり、忙しくなるなと自分の事ばかり考えていた。
魔王は私のために、自分が帰れなくなることを知っていて私を還してくれたのだ。
「バカ……。何で私のためにそんなに……」
顔をグシャグシャにして魔王に言った。
「君と夫婦になりたいから、だよ」
私は魔王に、完全に負けました……。
私はこちらの世界でも使えた勇者の力を使って、私と魔王の新しい戸籍を作った。
夫婦として、この世界で共に生きていくことにした。
もと魔王と勇者の最強夫婦となった。
END
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