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気温差で霧が立ち込めていた。ヘッドライトの白い線が空を切り、数メートル先で途切れている。
「女性・・・・ですか?」
「あぁ、さっきの女は何か臭ぇ」
「はぁ」
「こーんな夜中に女がひとり、こーんな暗がりをテクテクお散歩か?」
「私有地って言っていませんでした?」
「らしいな」
「見回りじゃないですか」
「懐中電灯も持たずにか?」
「それは、確かに」
「臭ぇ」
源次郎はルームミラーで井浦の顔を見ながらため息を吐いた。
「何だ」
「臭いのは井浦さんの靴ですよ」
「チッ」
すると井浦は新聞紙の敷かれていない隣のフロアマットにその革靴の裏をグリグリと擦り付けた。
「あっ、ちょっ!」
「はっはっはっはっ」
「何、高らかに笑ってるんですか!もう乗せませんよ!」
「はっはっはっはっ」
ピーピーピーピー ピーピーピーピー
その時、車内にけたたましい音が響き、源次郎は手元の無線機を手に取ると右上のボタンを押した。
「101号車どうぞ」
「はい、101号車どうぞ」
「源次郎、あんたもう上がりの時間でしょ!?何で河北潟でのんびり休憩してんのよ!早く帰って来なさい!」
「あ、ごめんなさい」
北陸交通本社配車センターのパソコンでは140台のタクシーの停車位置、その方向、営業状況を確認する事が出来る。
営業状況は色分けされ、本社のパソコンに全て表示される。
街中を走り乗客を探す営業中 空車 は緑色
客を乗せ指定先に送りに行く 実車 は赤色
予約先の店や客を迎えに行く 配車 / 迎車 は青色
本社に戻って営業を終了する 回送 は灰色
更に各車に振り当てられたタクシーの号車番号が表示され、島畑源次郎の101号車は河北郡内灘町のかほく潟湖畔に(空車、緑色)の状態で停車していた。
井浦は無線機をむしり取ると、マイクに向かって唾を飛ばした。
「おい、チワワ!俺としまじろーの時間を邪魔するんじゃねぇ!」
「何、またあんたと一緒なの!?」
「羨ましいか!」
「羨ましかないわよ!」
「密閉した車内で2人きりだぞ!」
「私なんてベッドの上で2人きりよ!」
「くっ・・・・・!」
悔しげに言葉に詰まった井浦は無線機を助手席へと投げつけた。
「あぁ、もう。やめて下さい」
「ウルセェ!」
「何で機嫌悪いんですか」
「ウルセェ!」
101号車は濃霧を掻き分け、葦の葉を揺らしながら金沢市へと戻った。
下弦の月がそれを見ていた。
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