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そこまで口にした所で胸ポケットからピーピーピーと呼び出し音が鳴った。
井浦は眉間に皺を寄せ「チッ!」と舌打ちすると携帯電話を手にソファから立ち上がった。ドーベルマンがガウガウと噛み付いている。ご愁傷さまだ。
スピーカーフォンの向こうで誰かが怒鳴っている。
コーヒーカップを握るとやや温くなったコーヒーをぐいっと飲み干し木製ハンガーからベージュのトレンチコートを剥ぎ取った。
「何か、あったんですか」
「駐車違反」
「は?」
「俺の捜査車両が駐車違反でしょっ引かれそうなんだと!」
「また、なぜそんな」
「交差点の左折レーンで渋滞起こしてんだと!」
「ばっかじゃないの!」
「うるせぇ、チワワは大人しくベッドの上でキャンキャン言ってろ!」
井浦は「また来る」と言い残して革靴の音もうるさく玄関ドアを後ろ手に閉めた。咲は大きなため息を吐きながら施錠する。
「源次郎、何であんなのと付き合ってんの」
「面白いからです」
「それだけ?」
源次郎はベッドに腰掛け、咲を手招きした。
「僕がドライバーになりたての頃、人身事故を起こした話はしましたよね」
「うん」
「実は相手の男性が当たり屋だったんですよ」
「当たり屋」
「そう、これです」
頬に爪先を当てると上から顎に向かい斜めに筋を走らせた。
「あぁ。それ系の当たり屋」
「はい」
「で、なんでそこに捜査一課がしゃしゃり出て来るのよ。」
「その数日前にその男が傷害事件を起こして井浦さんたちが探していたんです。」
「なるほど。」
「井浦さんの口添えもあって、免停を免れました」
「免許停止」
「はい」
「ドライバーの免許停止は=無職みたいなものです。」
咲は呆れた表情で無邪気な笑顔を見下ろした。
「源次郎、運転技術も猛獣なの?」
「若い頃は結構、色々とやらかしていましたね」
「意外」
「今では落ち着きましたけどね」
「落ち着いて無いじゃん」
源次郎の手はタイトスカートの中に差し込まれ、これまでの優しげな瞳の色は形を潜めた。
「本当は猛獣なんでしょ」
「どうでしょうか」
咲は這い上がる快感に身を任せながら、井浦と源次郎は結局似た者同士なのだろうと、熱いため息を吐いた。
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