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 宗佑はいよいよため息をついた。当直とは、朝から夕方までの日勤業務に引き続き、翌朝までの夜勤業務に就くことを言う。  確かに悠李の指摘どおり、宗佑は三ヶ月前のあの日、あの現場に入ったあと、わざと自分が当直に就けるよう刑事課長に頼んでシフトを変更してもらっていた。あの仕事が終わればみんなで飲みに行こうという話になるのは目に見えていて、副署長も含め、先輩ばかりの中で自分一人が断ることはとてもできそうにないと踏んだ。断れる理由があるとすれば、その日に当直が割り当てられていることくらいだと思い、先手を打った。  うまく逃げ切ったと思っていた。まさか悠李にバレていたとは。それだけが誤算だった。 「調べたんですか、おれのこと」  適当に受け流しておけばよかったのに、つい言い返すようなことを口走ってしまう。悠李は涼しい目をして「まぁね」と言った。 「せっかくの機会だったのに、逃げられたんじゃあおもしろくないからさ」 「申し訳ありません」 「謝ることはない。逃げた人を追いかけるのは俺たち警察官の性分みたいなものだしね」  言い終えるなり、悠李は宗佑が下がった分の一歩を取り返すように距離を詰める。五センチほど高いところから見下ろされ、髪と同じ漆黒の瞳から目がそらせずにいると、悠李は不意にニッコリと宗佑に笑いかけた。 「今度は逃げないでよ、卯月くん」 「は?」 「どうです。明日、今取り調べてる被疑者たちを送検したら、一杯」  マジか……。  口にこそ出さなかったが、顔には出てしまったかもしれない。運悪くと言うべきか、明日も今日と同じ日勤で、次の当直は五日後の予定だ。ちなみに明後日(あさって)は非番日で、急な呼び出しがない限り一日休める日となっている。  さっきの話を思うと、おそらく悠李は宗佑の今後の勤務予定を把握しているだろう。囲まれた。万事休す。断る理由が見つからない。 「わかりました」  観念して、宗佑は言った。 「では、明日」 「やった。楽しみにしてるよ。でもまずは、こっちを早く片づけないとね」  悠李の嬉しそうな表情がすぅっと真剣な顔つきへと変わり、視線の先には宗佑の出てきた取調室――事件の首謀者と思われる男の待つ部屋があった。  無駄話の時間は終わりだ。宗佑もすぐに頭を切り替え、話題は例の集団リンチ事件へ移る。
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