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「お疲れ様です」
「どうです、そっちの様子は」
「ダメですね。この一時間も相変わらずのだんまりです」
「そうですか。そっちが落ちれば、あるいはこっちも、と思ったんですけどね。残念」
無駄に端正な顔で苦笑し、悠李は嫌味なほど自然に肩をすくめてみせた。実際に彼が口にしたのは宗佑たち刑事課の人間に対する嫌味であり、おまえら刑事課が手ぬるいせいで自分たちも取調べから解放されないじゃないかと文句をぶつけているのだった。
ったく、存在自体が嫌味だってのに、口にすることまで嫌味かよ。……とはさすがに言えず、返答は悠李に頭を下げるだけにとどめる。
「申し訳ありません。こちらの手際が悪いばっかりに」
「いえいえ、そんな。決して嫌味のつもりで言ったわけじゃありませんよ」
宗佑の心を見透かすように、悠李は場違いなほどさわやかな微笑を湛えて言う。
「きみが刑事課の中でも特に優秀な捜査員だということはわかっていますし、きみが当たってダメなんだから、他の誰がやっても結果は同じだ。そうでしょう?」
褒めてごまかすつもりか。宗佑はため息をつきそうになるのをどうにかこらえ、しかしやや冷め気味な視線を悠李に向けた。
「あなたこそ、若者の心を掴ませたら右に出る者はいないと聞いています」
「大袈裟だなぁ。誰ですか、そんなこと言ってるのは」
「そちらの秋本係長が。以前……あの現場でご一緒させていただいた時に伺いました」
「あぁ、あの時ね」
宗佑が言葉を切った時に目を泳がせたように、悠李もどこかあきれたようにため息交じりでそう言うと、改めて宗佑に笑みを傾けた。
「あれは七月のことでしたから、三ヶ月ぶりになりますか。今さらだけど、あの時はどうも」
「こちらこそ、その節はお世話になりました。ご挨拶が遅れましたが、大変ご無沙汰しております」
できればこれ以上あの時の話を蒸し返されることのないように、淡々と言うべきことだけを口にする。悠李にとってはどうだか知らないが、少なくとも宗佑にとって、あの時のことはすべて忘れたいほど嫌な思い出だった。
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