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 調子の上がらないままその日の業務をどうにかこなし、翌日は当直の割り当てられた日だった。四月から宗佑が異動になったこの署の内勤者は、六日に一度、日勤に引き続き夜勤業務に従事する当直勤務が回ってくる。  太陽が沈み、空が紫とオレンジのコントラストに包まれる頃、上司から命令が下り、当直室へと移動する。夜間の業務は署を訪れた市民の対応や、通報を受けた際の現場対応などがあるが、なにもなければただ静かな夜を署内で過ごすことができる。  当直員は課長クラスの責任者が一人と、実務に当たる職員が四人ずつ、二つの班に分かれて待機する。およそ毎回違う顔ぶれと一晩を過ごすことになるが、悠李と同じ班になったことはこれまで一度もなかった。  今夜宗佑と同じ班になった中に、別の課だが見知った顔があった。悠李の上司、生活安全課少年係の秋本係長だ。 「お疲れ様です」  宗佑から挨拶に行くと、デスクに着いていた秋本は「おぉ、卯月くんか」と気さくに笑いかけてきた。四十二歳、二児の父だという彼は、日中の疲れを感じさせない溌剌(はつらつ)とした声をしていた。 「お疲れ。今夜はよろしく」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 「しかし、先週はお互い大変だったな。ほら、例の集団リンチ事案」  あぁ、と宗佑は数日前の取調べを振り返る。秋本の言うとおり、確かに苦しい時間ではあった。  秋本は苦笑する。 「正直参ったよ、なかなか根性のある子ばかりでさ。多くの子はたいてい向こうが根負けして話をしてくれるんだけど、今回は手こずったなぁ」 「ですが、川上巡査部長のおかげで、事件の背景が早期に解明されました。刑事課の人間としてはお恥ずかしい限りですが、助けていただき、感謝しています」  他意はなく、思ったままを淡々と口にした。そんな宗佑の立ち姿を、秋本はなぜかおもしろそうに見つめてくる。 「あの、なにか……?」 「いやぁ、別に」  秋本は使い古されたオフィスチェアの背に深くからだを預け、言った。 「おまえさんのそういう、自分を守るための壁をサッと作り上げちまうようなところが、あいつの母性をくすぐったんだなぁと思ってさ」 「はい?」  母性? あいつとは悠李のことなのだろうが、彼は男で、母ではない。  心で思ったことがもろに顔に出ていたらしく、秋本は小さく声を立てて笑い、宗佑に一つ情報を授けてくれた。
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