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「いやね、川上って男はあれでけっこう繊細なところがあってさ。人の心の機微に敏感っていうか」
「心の機微」
「そう。わかっちまうんだって言ってたよ。苦しい胸のうちをかかえて生きてる人を見てると、口には出さなくても、その人が本当は心の底で助けを求めてるんだってことが」
心の底で、助けを求めてる。
おれのことも、あの人にはそんな風に見えていた――?
宗佑が表情を変えるのを見て取り、秋本は包容力のある父親を思わせる穏やかな笑みを浮かべた。
「心配みたいだぞ、おまえさんのこと。遠目に見かけるたびに大丈夫かなって思うんだと」
見かけるたびに。
気づかないうちに、悠李に見守られていた――。
「だからさ」
秋本は言った。
「さっきみたいに一人になろうとしないで、たまには自分以外の誰かに寄りかかってみてもいいんじゃないか?」
いいヤツだしな、川上は。秋本はそう付け足した。深い意味はなく、言葉をそのまま受け取っていいと思える口調だった。
宗佑はなにも言えなかった。けれど、自分の中ではすでに答えが出ているような気がした。
悠李はいい人だ。優しくて、あたたかくて、たまに世話を焼きすぎたりする、気のいいお兄ちゃんみたいな人。
宗佑の前でわざと酒を飲んでみせたのも、宗佑のことを思っての行動だったのだと今はわかる。余計なお世話だし、そうしてほしいと頼んだ覚えもないけれど、伸ばされた手をなぜか取ってみたいと思えてしまう。
スピーカーから、出動要請の指示が飛ぶ。交通事故が起きたらしい。
「さっそくかよぉ」とぼやく秋本とともに、宗佑は車両の鍵を持って部屋を出た。
現場に到着し、事案に対応している間も、頭の片隅では悠李のことを考え続けていた。
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