7.

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7.

 その日の当直は夕刻の交通事故を一件引き当てただけで、ほぼほぼ静かな夜だった。午前二時から七時までしっかり仮眠を取ることもでき、いつもなんだかんだと複数の事案を引っかけてしまう宗佑にとっては久しぶりの穏やかな当直日だった。  午前八時三十分をもって当直業務は終了し、その後は正午まで自身の所属する部署の業務に従事する。宗佑が籍を置く刑事課は他部署と比べてはるかに忙しく、当直明けでも容赦なく出動を要請されることは日常茶飯事だが、この日はやはり運よく定刻で帰らせてもらえた。  署を出る前に、宗佑は生活安全課の事務室へ立ち寄った。ちょうど昼時で、会えないことも覚悟していたが、目的の人は事務室内にいてくれた。  宗佑が呼ぶよりも早く、悠李のほうが宗佑の存在に気づいた。目が合い、宗佑は頭を下げる。  悠李はすぐに入り口まで来て、宗佑を廊下へと連れ出した。先日とは違い、昼間の廊下は人の往来がそれなりにある。 「お疲れ様。当直明けだよね」  悠李の第一声は宗佑を気づかう言葉だった。かすかな腹立たしさと、心の奥にこそばゆい気持ちを覚える。  どこから話そうか迷ったが、宗佑はさっそく本題を切り出した。 「ハンバーグ、好きですか」 「え?」  悠李は目を丸くした。澄んだ瞳は常に先を読んでいるように見えていたから、彼が虚を突かれた姿は新鮮だった。 「ハンバーグ?」 「はい」 「うん、好きだけど」 「じゃあ、作ります」  悠李はいよいよ目をぱちくりさせている。話があまり通じていないことに苛立って、宗佑は舌打ちしたい気持ちを懸命にこらえながら言った。 「おれの手料理。食べたいって言ってたじゃないですか」  一晩じゅうこのことを考えていた。改めて口にすると顔から火が出るほど恥ずかしい。  秋本に言われた。誰かに寄りかかることも悪くないと。  そうしたいとは思わない。どうせ人は、他人を裏切る。  けれど、悠李のことだけは違うと思えた。悠李はきっと裏切らない。確証はないけれど、そう思いたかった。  悠李が優しい人だということを知っているから。  突き放しても突き放しても追ってきて、本気で宗佑とぶつかり合おうとしてくれていることがわかるから。  宗佑を好きだと言った彼の言葉に、嘘はないと思えそうだったから。
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