7.

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 悠李の目がきらきらと輝き、やがて大きな笑みが咲いた。 「大好き」 「え?」 「大好きだよ、ハンバーグ」  そっちか、と宗佑はなぜかがっかりした。ハンバーグが好物なのは喜ばしいはずなのに。 「うちのハンバーグはおろしポン酢で食うのがルールなんだけど、ポン酢、いけるクチですか」 「うん、平気。むしろ好き。食べたい」 「そうですか。じゃあ、そういうことで」 「やった。いつにしよう?」 「明日は?」 「いや、金曜がいいな。明後日」 「了解です。じゃあ、明後日」  小さくお辞儀をし、宗佑は悠李の前を離れた。今日のうちに材料を揃えておこうとか、付け合わせはなににしようかとか、当直の疲れであまり冴えているとは言えない頭であれこれ考えながらエレベーターを待つ。  不意に、後ろから腕を掴まれた。振り返るまでもなく、犯人は悠李だとわかる。 「ねぇ」 「はい」 「抱きしめていい?」 「は?」  宗佑はにらむように悠李を見た。 「なに言ってんの」 「お願い。ギュッとさせて。短い時間でいいから、ギュッて」 「やだよ。意味わかんねぇ」 「だって」  悠李は照れたようにくしゃっと笑う。 「嬉しいんだもん。きみがやっと心を開いてくれそうでさぁ、なんていうかこう、じっとしていられなくて」 「だからってなんで抱きつこうとすんだよ」 「だってかわいいから、きみが。ホント……かわいくって」  純粋で、どこかあどけない笑みを向けられる。信じられないほど子どもっぽくて、飼い主にしっぽを振る子犬みたいで、この人、こんな顔も持ってるんだと新鮮な気持ちになる。 「知るか」  エレベーターが上がってくる。扉が開き、宗佑はつかまれている悠李の手を振りほどいて箱に乗り込む。  からだを扉のほうへと向け、階数ボタンを押す。顔を上げると、悠李のさみしげな表情が目に映った。 「お疲れ様。また明後日」  手を振られる。その立ち姿は、願いが叶わず、けれど残念な気持ちを必死にこらえている幼い子どものように見える。  閉まりゆく扉を、『開』ボタンを押してもう一度開く。ジャケットの胸ポケットに手を入れ、取り出したミントタブレットをケースごと悠李に向かってそっと放る。  悠李が両眉を跳ね上げながら両手でキャッチする。まんまるになった目を向けられ、宗佑は言った。 「寝ぼけたこと言ってないで、それ食って目ぇ覚ませ」  かわいいだの、抱きしめさせろだの、そんな言葉は宗佑にかけるにはふさわしくない。小っ恥ずかしくてイライラする。  宗佑が苛立つのもまるで気にせず、悠李は嬉しそうに笑った。 「本当にいい子だね、きみは」  ありがと、とミントタブレットのケースを顔の横で振る悠李の姿に舌打ちしながら、宗佑は『閉』ボタンを押し、扉を閉めた。  下がりゆく箱の中でついたため息とともに、「ったく……」という悪態がこぼれ出る。  一階に着き、再び扉が開く頃には、宗佑の顔から苛立ちの色が消えていた。  部屋、きれいにしておかないとな。そんなことを思いながら、署をあとにした。
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