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「これは俺の性格なのかもしれないけど、これ以上父さんに無理をさせちゃいけないなって子どもながらに思ってね。休みの日に父さんがどこかへ行こうかって誘ってくれるんだけど、俺はいつも『お父さんがやりたいことを俺もやりたい』って答えてた。そうやって()いてあげると、父さんは途端に元気を取り戻したみたいに生き生きし始めて、それだけで俺は嬉しかった。うちの父さん、お笑いが好きでね。落語や吉本新喜劇を劇場へ観に行ったのが特に楽しかったな」 「へぇ」  無意識のうちに宗佑は相づちを打っていた。 「それ、いつの話ですか」 「小学生の頃。あんまり子どもらしい子どもではなかったと自分でも思うよ。だけど、父さんが楽しそうだったから、俺としては満足だった」 「お父さん、今は?」 「おかげさまで、まだ現役。部長クラスの役職にまで就かせてもらったみたいでね。あと五年は働くんじゃないかな」  そうですか、とだけ言い、きれいに丸めたハンバーグを皿に載せる。手を洗いたくて蛇口に手を伸ばすと、悠李が水を出してくれた。 「ありがとうございます」  洗剤で、指の間もしっかりとこする。洗っている間、悠李はずっと宗佑の後ろに立っていた。 「亡くなったお父さん、警察官だったそうだね」  泡を流し、ハンドルを下ろして水を止めると、悠李がそう口にした。  誰から聞いたのか、あるいは自分で調べたのか。後者だろうなと察しながら、宗佑は「はい」と素直に答えた。 「おれが高校を卒業して、警察学校に行ってる間に死にました。おれが無事に社会人になれてホッとしたんでしょうね。もともとからだのあちこちが悪かったみたいだけど、それにしてもあっさり()きすぎだって医者は言ってましたから」 「お母さんは?」 「おれが小学校四年生の頃に出て行きました。今はどこでなにをしているかわかりません。親父(おやじ)の葬儀にも来なかったし。死んだことさえ知らないかも」  母が宗佑と父を捨てて家を出た理由はいまだにわからない。父に訊いても教えてもらえなかった。  それからだ。宗佑の孤独が加速したのは。母の代わりに家事をこなし、料理の腕も上がったが、もともと少なかった友達はゼロになった。遊びの誘いを断るようになったせいだ。  ガスコンロのすぐ下の収納スペースからフライパンを取り出し、火を()ける。換気扇を回し、フライパンに油を引くと、二つの肉の塊をそこへ順番に並べていく。 「恨んでいるのかい、お母さんのこと」  ジュウゥ、パチパチという音が響く中、悠李が穏やかな声で宗佑に質問を投げかける。 「別に。なんとも思ってないです」 「だけど、きみが他人を信用できなくなった原因にはなってるんじゃない?」  相変わらず、痛いところを的確に突いてくる人だ。それは彼が、宗佑のような心に暗い影を落として生きている少年たちと何度も向き合い、どう接すればいいのかよくわかっている証拠でもある。  フライパンに接している面に焦げ目がつき、フライ返しで丁寧にひっくり返してからふたをする。火を弱めると、宗佑は昨日のうちに作っておいた付け合わせのポテトサラダが入ったタッパーを冷蔵庫から取り出した。 「なにも持っていない人間だから、おれは」  話さなければ納得してもらえないような気がして、宗佑は少しだけ昔の話をした。
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