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「おれの無愛想は父親譲りなんです。親父もあまり笑わない人で、口下手でもあったから、子どもに怖いと思われても仕方がなかった部分はある。ただ、それをおれへの当てつけに利用されたことは許せなかった。そいつに限らず、他のヤツもそうやってあちこちでおれの悪口を言っているんだと思ったら、もう誰も信じられないですよね」  フライパンから離れ、今度は先ほど茹でておいたブロッコリーとにんじんの入ったザルに手を伸ばす。丸く盛ったポテトサラダの横に並べると、緑と(だいだい)がよく映えた。 「中学の時にも似たようなことがあったんです。別の小学校に通ってた女子から好かれて、(コク)られて、好きでもないし彼女が欲しいとも思わなかったから断ったら、その事実がどこからか広まって、女子も男子もなく『好きな人いないなら一回付き合って中身知ってから判断しろよ』だの『ちょっと顔がいいからって調子に乗ってる』だのって散々陰口を言われて。それも、わざとおれに聞こえるように言うからタチが悪いっていうか」  ハンバーグの様子を見ながら、炊飯器の白飯を茶碗によそう。一つしかないので、普段使っている茶碗を悠李用にし、宗佑自身の分は今晩使う予定のないスープ皿に入れた。 「高校でもそう。また告られて、今度は付き合ってみたんだけど、最後には『宗佑くん、暗い。一緒にいてもつまんない』って言われてフラれた。全然笑わないし、だって。素直に断っときゃよかったって後悔した」 「そうか。つらいね。しかし、それよりも俺にはきみのモテっぷりのほうが気になって仕方がないんだけど」 「そこはどうでもいいだろ。というか、あんたのほうがずっとモテそうだし」 「まぁね。……って、俺の話はどうでもいいんだよ。続けて」 「続けてもなにも、それだけですよ」  コンロの火を止め、フライパンを皿の上部へと運ぶ。ほどよく黒い焦げ目のついたハンバーグを一つずつ皿の上に載せていく。 「(たと)えはあんまりうまくないけど、結局おれは見た目と香りだけが立派な花みたいなもので。それにつられて多くの蝶が集まってくるんだけど、いざ蜜を吸ってみるとまずくてさっさと飛び去っていく。そんな人間なんです、おれは。見た目に騙されて寄ってきた人たちは、内面を知ると離れてく」  だから宗佑は自分の容姿が嫌いだった。いくら見目麗しくても、それが宗佑にとっては負の要素としてしか働かないから。  七月のポスター撮影が悪い思い出になったのものそのためだった。副署長は明らかに宗佑を顔で選んでいて、撮影の際にリクエストされた表情をうまく表現できなかった宗佑の姿に彼女が失望する様子も見て取れた。断ればよかったと後悔するのは高校生の時にこりごりだと思ったはずなのに、あれから歳を重ねた今でも後悔の多い日々を送っている。成長のない男だとつくづく自分が嫌になった。  フライパンに水をつけ、先に作っておいたたまねぎ入りの味噌汁の鍋にもう一度火を通す。その傍らで大根の皮を包丁で手早く剥き、プラスチック製のおろし金ですりおろす。  午後八時を回った。まもなくすべての料理が出そろう。 「だからあんたも、これ食ったら帰ってください」  おろした大根をハンバーグの上にかけ、二人分の皿をローテーブルへと運ぶ。鍋が沸騰してしまう前に火を止め、味噌汁を器によそう。 「おれとかかわっても、あんたが得をすることはないから」  なぜかこちらは二つあった味噌汁用の黒い器をテーブルへ運ぶ。背後に悠李の気配を感じ、器を置いて振り返ると、すぐ目の前に彼がいた。
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